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塩サンマの酢煮

福岡にきて不思議に思ったことのひとつが、塩サンマのことだ。ふつう、塩サンマというと、サンマの獲れない時期に売られているものではないだろうか。そもそも、塩サンマを全く見かけない地域も多い。それが、福岡では年中店頭にあるし、生のサンマがある時期であっても塩サンマを選んで買っていく光景をたびたび目にする。
塩サンマは生のサンマよりも焼き網にくっ付きにくく焼きやすいので、私もたまに買ってくる。しかしそういうときに限ってほかに早く食べないといけないものがやってきたりして、ついつい冷凍庫に入れっぱなしになる。これが冷凍庫の奥底から出てきた。ほんの少し脂で焼けているが、捨てるのはあまりにもったいない。そういうわけで、酢煮をしてみようかと思いつく。
塩サンマは解凍後、何等分か、食べやすい大きさに切り分けて、頭としっぽの先は捨てる。鍋に湯をわかし、しょうがを薄く切ったのと酢を適量入れて、再度沸騰したところへサンマを入れる。3分ほど茹でたら一旦ざるにとる。新たに湯をわかして酢を3分の1カップ、白砂糖を大さじ2杯程度に酒少々を入れて、煮立てたものにサンマと梅干し、昆布を入れる。中弱火〜弱火(あまりボコボコとしていると、サンマの皮が剥がれてしまう)で30分ほど煮たら、白醤油を大さじ2杯くらい入れて香り付けする。一旦火を切り、冷ましてから再び加熱したらできあがり。


砂糖加減は酢の種類によって多くしたり、少なくしたりする必要がある。多めに作っておくとしばらくは日持ちするので、おかずにつけるのがいい。ワタも一緒に炊くので、ほとんど抜けてしまうけれどほのかに苦みも残る。炊き合わせにするのも面白いんじゃないかな。

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