たびたびツイッターでお知らせしているとおり、魚滋会のこれまでの活動をまとめたフォトブック、「淡水魚飲食旅案内」を作った。本書はこれまでの参加者にとってのメモリーブックでもあり、そしてまさしく旅案内でもあり、そして参加者だけにとどまらない、淡水魚文化の記録書でもあるので、一般への頒布を始めている。手に取りやすいよう可能な限り安い値段に設定したので、幅広い層へと届くことを(淡く、しかしたしかに)期待している。 さて本書は5月10日頃に刷り上がり、5月17日の関西コミティア76をもって初頒布を果たした。果たした、とは言っても私はほとんど行っただけであり、申し込みからなにから、すべて炬茶さんが手配したものだ。そもそも私には販売の権利はなく収益には関与しないので、魚滋会の主宰者ではあるけれど頒布の主体者ではない。 大阪には当日の朝、愛知県から出かけた。サークル参加は9時50分から会場に入れるというので、コスモスクエア駅でざっくり9時半に待ち合わせて、そこから歩いて会場へ。乗り換えの本町駅の時点でスーツケースを引いた方が異様に多く、これらがすべて関西コミティアを目指しているのかと実感した。 会場であるインテックス大阪は、広かった。それまで出掛けたことがあるのは九州コミティアだけなので、規模のちがいは歴然。自分達のサークル水景回遊の場所に着くと、すでに片側には参加者が来ていて設営を始めていた。スペースの幅は90センチと決まっていてまったく広いわけではない。常識なのかもしれないけれど、いざ自分が座る側になると狭い。椅子はスペースに2つずつ配られてはいるものの、椅子2つを擦り合わせるほど近づけなければ横のスペースにはみ出してしまう。本がでかいので箱もでかくて邪魔になる!なんとか設営を済ませて頒布を始めても、これまたなかなかリズムよくいかない。今回は私だけでなくオリザさんもヘルプで来られていたのだが、当然3人はスペースに入るわけもない。今日ほどスモールライトがほしいと思った日もない。列ができるのも邪魔になるのであまり長々と話しているわけにもいかない。その案配が難しい。 結局私は途中から壁際に立っていることにして、来てくださった方にはお礼をして、少し話し、ときどき売り子を代わりつつで終了時間を迎えた。売り子、むずかしいな…(素直な感想) 炬茶さんは慣れた様子ではあったものの、単...
さてはじめてのサバヒー体験のあとも、台湾での滞在は続いた。この時滞在していたのは台湾最南端の街、恒春にほど近い研究施設のゲストハウスで、しかし歩いて行けるような範囲にコンビニもなにもないから、朝は車で朝飯屋に出掛けて饅頭やサンドイッチを買うか、コンビニでおにぎりか。昼は弁当で夜だけは恒春まで出て飯を食べていた。恒春というのはそこそこの街で、田舎町ではあるけれどもとにかく飲食店の数はかなり多い。ただ何度も恒春に行けたわけではなくて、たしかこの時には一度しか行けなかった。滞在そのものがタイトであったし、相当多くの時間を研究に費やしていたためである。したがって夜も食べに出るというより屋台店で買ってきたおでんや串もの、ビーフンなどを食べつつ過ごしていた。ただ、このあと述べるとおりでここで二度目のサバヒーを食べた。 さて東港にはじめて出かけたのもこの時である。東港というのは台湾南西部にある鎮で、その名のとおり港から発展した街だ。台湾にはいくつかの巨大な漁業基地があるが、東港もそのひとつ。東港は流通基地という側面も持っているようだが、東港において主要な漁業は底曳き網、そしてサクラエビを主対象としたトロール漁がある。ただ一般の人々にとっては漁業基地というよりむしろ観光地として機能しており、それは日本の旧築地や境港などと同様である。トロール船が漁を終えて港にやってくるのが昼過ぎ、さらにそこからメインの積み荷を下ろして混獲雑魚を下ろすのは14時半頃になる。したがって車城の研究施設を11時頃に出て、途中道すがらお昼を食べて、東港へという算段だ。またある日は東港へ少し早めに着いて、ゆっくりと昼食をとってから混獲物を見ることになった。先に書いたとおりで水揚げ港の近くには大きな観光客向けの販売建物があって、なかにはところ狭しといった具合で小店が立ち並んでいる。多くは生鮮水産物を売る店なのだが干物や乾物、からすみといった土産物を売る店も多い。海鮮料理店もあり、ここでいくつかの海鮮料理と、チャーハンなどを食べることになった。東港の生鮮水産物店にもサバヒーはあった。ただし、売られているのはほとんどがサバヒーの頭の部分だけであり、それがたいへん奇異に感じられた。なぜ、頭だけ?身の部分はいったいどこへいったのだろうか。頭の部分はきれいに洗浄して丸いざるに上を向けて並べられており、それの光景が...