淡水魚飲食旅案内は、もともと対面での頒布を意図して作成している。対面であること、にどのくらい意味があるか、それは私個人が勝手に判断すればいいことなのだが、どういうひとたちが手に取るか知りたかったし、普通は届かぬような思いもよらないところへと届けてみたいという気持ちがあった。 とはいえ私もそうそう時間をとることができないから、とりあえず関西、関東とひとつずつはイベントに売り子として出ることにしたのだった。東京へは、直接行ったわけではなくて、長野県でお世話になった飲食店に冊子をお渡しして、その旅の後半戦に位置づけた。関西コミティアと、東京で開かれるコミティアはまったく規模感が異なる。サークル参加数がそもそも3倍くらい?あり、来場者数も多くなる。そういうわけで思ったよりもたくさんの部数を持ち込まないと、時間が来る前に品切れになっては申し訳が立たない。そう考えて少し多めに会場に送ってもらっていた。 前回の反省を活かしてレイアウトを変え、冊子は潔く机の上に横向きに2列、平積みすることにした。それはよかったのだが、会場に着いて分かったのは今回評論ジャンルと旅ジャンルが会場内で大きく離れた場所に配置されていたことだ。我々の冊子は評論でもあり、旅でもあるので、おそらくは旅ジャンルと親和性が高い。それが物理的に離れているのは不利に感じた。 さらに、開催時間が1時間長いとはいえ、これだけのサークル数を見回るのはかなりたいへんだ。おのずと、目当てのサークルを事前に詳細にチェックしておき、次々に直行していくスタイルになっていくのだろう。関西コミティアではいた、なんとなくふらふら歩いているようなひとたちの割合はとても低かった。そういうわけで、思っていたような、縁もゆかりもないような方へ届けてみたいというふんわりした試みは、あんまりうまくいかなかったように思う。 それでも、ブースにはたくさんのひとたちが来てくれて、色々な話もできた(その余裕が思いがけずあった)。とにかくおなかが空くので、差し入れの数々もとてもありがたかった。私自身にとってはあちこち見て回る時間が生まれたので、気になるものをたくさん入手することができた。 夜は吉池で一通り水産物を見てから、東北料理屋でお疲れさま会。これにて私の同人誌即売会参加というイベントはいったんのおわりをみた。
これから淡水魚飲食旅案内の入手を検討しているひとたちのために、どのような本なのか、ここに説明しておきたい。 幾度かのつぶやきにもあるとおり、本書は魚滋会のこれまでの取り組みをまとめたフォトブックである。魚滋会(うおしげかい)とは、私が主宰する淡水魚を食べる取り組みであり、基本的には10人程度、魚を食べることが好きなひとたちを集めて、年に一度実施しているイベントである。 初回は1泊2日で開催したが、それではあまりにできることが限られるので第二回以降は2泊3日開催として、これまでに五回、実施している。魚滋会は土地土地で淡水魚を食べること、そのありようを知る、というものだから、食べることはもちろん、魚が採れる場所へ行き、水揚げや流通を見る。ときには、何らかの方法で食材となる淡水魚を現地調達し、自分たちで調理する。私は淡水魚料理のノウハウをおおむね身に付けているし、幸いにして魚の扱いに慣れた参加者が多いので、意外にこれも楽しく、また発見もある。 ただ、このような自炊行為よりも、その土地の飲食店で実際に提供されている料理を食べることの方が重要だ。多種多様な淡水魚料理を一人二人で総なめすることは困難だが、人数がいればメニュー表の端から端までを食べきることもできる。また、さまざまなバックグラウンドをもつひとびとの食事と会話は、それ自体に大きな価値がある。淡水魚料理の理解のための価値である。 そういうわけで毎年、旅先との細やかな調整に苦心しながら開催している本会では、回ごとに参加者が大量の写真を撮影している。ほとんどは食材や料理だが、水辺や町並みの写真もある。回が終わるとそれぞれの写真を出しあって共有している。そうした写真たちは基本的に表に出ることなく、内輪だけで共有されてきた。それらを改めてまとめて、書物としてまとめようというのがそもそもの発端なのである。 今回企画したフォトブック、淡水魚飲食旅案内では、こうした写真の数々を可能な限り収録するように努めた。まったく同じ構図の写真がかなりあるため、そのなかでも魅力的な一枚を選定した。ただし、魅力的ではありながらも、説明的でない、第三者にはよく分からない写真についてはやむなく削ることになった。それでも、写真は350枚以上になった。 さらに、それぞれの写真の理解を助けるべく、さまざまなテキストを追加していった。というよりも、実際の作業と...