スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

6月, 2019の投稿を表示しています

愛するてこねずし

てこねずしは、私にとっての第二のふるさと、三重県は伊勢志摩地域の郷土料理だ。このところ、白いご飯や酢飯の上に、カツオの漬け身を乗っけただけのものをてこねずしと称しているのをよく見かけるようになった。これは明らかにてこねずしではなく、漬けどんぶりだ。てこねずし、で画像検索してみても、ただの漬けどんぶりのほうがたくさん引っ掛かってくる始末で閉口してしまう。私は長く志摩市和具地区に住んでいて、あちこちでてこねに関する話を聞いたり、食べさせてもらったり、もちろん自分でも作ってきた。自分のなかでの郷土の料理となっている。そういうわけで、その作り方をざっくりと紹介したい。 魚はイサキを使う。二人前、1合半の米の量なら、中くらいのもの1匹でいい。これを3枚におろして皮を取り、中骨を抜いてから刺身より少し大きい程度にそぎ切りにする。中骨を抜くのが面倒だったら、腹側と背側に切り分けて、中骨のあるあたりを丸ごと切り取ってもいい。こいくち醤油大さじ2杯に、白砂糖をすり切れ1杯加えて、よく混ぜる。和具のひとはもう少し甘くすることが多いが実際にはこの程度でも甘さは十分。この中にイサキを浸けて、冷蔵庫でよく冷やす。1時間も浸ければ十分味が染みる。もっと長くてもよい。硬めに炊いた米を熱いうちにボールに出して、酢大さじ1杯に白砂糖小さじ2杯を溶いたものを合わせて、切るように混ぜて馴染ませる。水気が足りなかったらもう少し合わせ酢を足してもよい。先のイサキの漬け汁を小さじに2杯とり、酢飯にざっくりと混ぜる。酢飯の温度が多少下がり、60度くらいになったら、よく冷やしたイサキの漬け身を汁を大雑把に切ってから(しっかり切りすぎないこと)投入し、しゃもじで混ぜる。魚が冷えていないと、この工程で身が焼けて(火が通って)しまう。だいたい混ざったら刻んだみょうがを加えて、皿に盛り、刻んだ大葉を乗せる。 私はてこねずしの特徴について、ご飯に色がついていること、雑多に魚が混ざっていることの二点だと思っている。タイミングや量は家庭によって異なるけれど、いずれにせよどこかのタイミングで酢飯に漬け汁を加える。魚の身は全部投入したり、半分だけ投入したり(残り半分は皿に盛ってから上に乗せる)、または近年では全く混ぜないものもあるけれど、てこねの妙味は「やや温まっているが温まりすぎてはいない」漬け身にあると思っていて、

手羽先の食べ方

私も多くの名古屋民族と同じく、手羽先が大の好物だ。子供の頃、飲み屋(というよりもいわゆる炉端屋に近い)にたまに連れていってもらうことがあると、とにかく手羽先とじゃがバターばかり食べる。そういう子供だった。九州ではなかなかこれだという手羽先が食べられないのがかなしい。かといって、山ちゃんのような、コショウ辛すぎる手羽先は苦手で、もっとやさしい味のものが好みなので、いよいよ自分にとってのよい手羽先にありつける機会はとても少ない。 ところで先日、とある漫画で名古屋人の手羽先の食べ方というのがネタになっていた。これが我々としては許容しがたい、いかにも「きたなこい」ものであったので、名古屋民族を代弁して(?)私が昔、飲み屋で習った(叔父も同じ食べ方だ)食べ方を紹介したい。名古屋民族は保守的なのだ。 手羽先はくの字の形をしていて、肉がたくさんついている方(手羽中)と、そうでない、薄っぺらい方(狭義の手羽先)とがある。肉のついているところには2本の骨が平行に並んでいて、上のものが細く、下のものが太い。そして、手羽先の裏表という観点で眺めてみると、皮がついている、凹凸のない側が表、肉が露出して凹凸のある側が裏である。まずは1「手羽先の肉の部分の端のうち、太い骨のある部分」を人差し指と親指でつまむように持ち、次に2「くの字の湾曲部の直後のあたりの、突起の出ているあたり」を同じように持つ。このとき、裏側が自分の方を向いているように持つ。 次に、2の部分はそのままで、1の部分をひねるように動かし、手羽先のくの字の湾曲部、ここの関節を外して、人差し指の腹で押し上げるように動かす。こうすると外れた関節から、シーソーのように骨が浮き上がってくるから、これをそのまま外す。 こうすると手羽先には細い骨が1本だけ残っている状態になるので、この回りをズルリと食べられる。もちろん、取り外した太い骨についている肉も食べる。これが名古屋の、正統な手羽先の食べ方のひとつである。 もうひとつの主流は、先に手羽先の薄い部分を湾曲部から大胆に外してしまったのち、骨2本を割るように外して、それぞれについた肉を食べるという方法。いずれも、ちょっと通な、手羽先中毒の名古屋人にみられる方法である。家族に飲み助がいないと、名古屋人であっても意外と手羽先の食べ方というのを知らなく

タナカゲンゲと格闘

タナカゲンゲという魚がいる。大きくて、でろんとした魚で、日本海やオホーツク海にいる北の魚だ。地域によってばばあとか、こんきゅうなどと呼ばれている。 これ以外の地域ではまずお目にかかることはないし、大きい魚ながら、分布域にあっても食用となっている地域と、そうでないところがある。さてこの魚を、ツイッター経由でお恵みいただくことができた。体表にはかなりぬめりがあるので、たわしでよく擦ってぬめりを落とす。3枚におろして、アラの部分と肉の一部はかつお昆布だしの鍋にしてみた。本体からは少しだけだしが取れるものの、強くはないから何かで補う必要がある。肉は火を加えてもしまらず、食感はほとんど茶碗蒸しのようだ。 このほか、刺身や昆布締め、空揚げにしてみるも、いずれもあまりうまくはない。いろいろと試した末に、結局のところ鍋一択の魚かと思っていた。それが、3日ほどかけて長く昆布締めにして、昆布ごと冷凍しておいたものが出てくる。もしやと思って、これを炊いて食べてみることにした。 昆布締めの身は適当な大きさでそぎ切りにする。身を包んでいた昆布は適当な大きさに切って熱湯をかけて洗い、水から火にかけて沸騰させる。水は最低限の量、つまりは具材がすべて水をかぶる程度の量に抑える。ここにあく抜きした真竹と、タナカゲンゲを加えて、強火で火を通す。火が通ってきたらさらに新玉ねぎをくし切りにしたものを加えて、さっと火を通す。これだけだと味気が足りないから、最後に塩をひとつまみで調味する。これでタナカゲンゲのあっさり煮となる。 ゆるゆるだった身質は見事に変化し、適度に硬くしまったものになった。加えて、身から染み出たうまみがやさしく全体を包んでいる。貴重な経験をさせていただいた日本海の漁師、たまちゃんに感謝。

家庭の味、母の味について

私にとっての家庭の味、母の味といえば、なんだろうかと考えてみる。私の育った家は決して裕福ではなかったけれど、食べ物には恵まれていた。というより、食べ物に対する投資を惜しまない家庭だったとも言える。愛知県の伝統的家庭と同じく、外食で済ませるようなことはあまりなくて、月に一度程度の特別な時以外には、基本的に母の作った食事を食べていた。惣菜は味が濃いからと買うことをきらい、買ってきたもの、いわゆるてんやもんを食べるのは忙しいときのお好み焼きくらいのもので、ほかに惣菜らしいものを食べた記憶がない。しかも、父親が厳しく、我が儘な人だったので、基本的におかずの少ないことを認めないし、夕食には麺類ではだめだということがあって、おかずもなにかひとつだけということはなく、2品以上並ぶのが常だった。私自身の好き嫌いはあったものの、それと事情はどうあれ食事のおいしい家庭で育つことができたのは幸運にほかならない。 さてその家での母の味として、印象深いものは枚挙に暇がないけれど、いくつか挙げてみるとすればなんだろう。小さい頃から好きだったものといえばメカジキの煮付け。とっても薄味で、大きな梅干しが入っている。梅干しは長く苦手な食べ物のひとつだったのだけれど、この煮付けの梅干しは早くから食べられたし、梅干しがないとしまりがないというか、おもしろみがない。豚肉のしょうが焼きもよく食べた。薄い豚のもも肉を使ったもので、味わいはやさしい。給食のしょうが焼きとは全く異なるものだった。豚肉といえば、冬場ごちそうとして食べていたのが豚のもも肉と、大量のほうれん草(これは近所の方からいただく)を使った鍋。汁にはかつおだしのしょうゆの薄味がついていて、ほかに豆腐やにんじんが入ることもあったけれど、主役は肉とほうれん草だった。同じくのごちそうポジションはかも鍋。かも鍋は肉を入れては食べてを繰り返していくうちに、きめの細かいかも油と、かもの味がたっぷり入った黄金色のスープができる。これを少しの塩で調味して、ぞうすいか、または細うどんを入れてしめに食べるのが大好きだった。 他にはぎょうざ。ひだをつけてたねを包み、お腹いっぱいになるまで食べていた。我が家ではにらとねぎとを使っていたように思う。少し大きくなったあとはハンバーグ。四人家族で、全員で1キロくらい食べていたのだ。大きなハンバーグを3個か4個も食べる。つな

イシダイでフィッシュヘッドカレー

昔からシーフードカレーがきらいだった。今思うとその理由は明白で、ちまたにあるシーフードカレーの多くは、肉用のルーに、うまみの出ない安いシーフードミックスを入れただけのものだ。両者は全く混じり合うことはなく、そればかりか不協和音を響かせてしまう。シーフードの入ったカレーのうまさとはなにか?これを考え続けて、今では家でもときどき、シーフードのカレーを作る。エビやイカの入ったものは素晴らしいけれど、我が家によくあるのは魚の切り身やアラなど。シーフードというより魚である。魚の中でもっともカレーと相性がいいのは、カツオやサバといった青魚で、これらはもちろん鮮魚でもいいけれど、乾物や缶詰の方が向いている。鮮魚となると一番向いているのはイシダイだ。イシダイのいいところは、火を入れるとかたくなるところで、切り身でも粉をつけずに炒め物にもなる。しかもわずかに磯臭いクセがあり、なおかつ味の主張もある。こういうものはカレーにとても相性がいい。 イシダイの大きなものは買うとたいへん値がはるのでカレーに入れるにはもったいないと思われるかもしれない。実際のところもったいない。しかし頭や骨など、アラの部分はとても安いので、これを使ってフィッシュヘッドカレーを作る。フライパンに油をしっかり敷いて、唐辛子、スライスしたにんにく、それと粒のスパイス、マスタードシードやクミンシード、グリーンカルダモンを炒る。焦げないように弱火で痛めて、香りが出てきたら半分に割ったイシダイの頭の裏表を炒める。イシダイを一旦取り出して、くし切りにしたたまねぎと、甘長とうがらし、オクラなどを軽く炒めて、これも一旦取り出す。今度はカボチャのペーストと、トマトとじゃがいものペースト(これらは別の記事に書いたけど、要するにレンチンして軽く炒めたものを裏ごしすればよい。面倒だからまとめて作り、少しずつラップに包んで冷凍しておく)を加えて、5分ほど炒めたら水を2カップにココナッツミルクを240cc(紙パックのものを1つ丸ごと入れる)、そこへイシダイを入れて15分ほど、焦げないように強火で煮る。あとは炒めておいた野菜を戻し、少々のナンプラーで調味する。かなり汁っぽい状態で完成。これでだいたい2、3人前になる。本場のシンガポールやマレーシアではゴマフエダイなどが使われるようだけど、私はイシダイを推したい。カボチャとじゃがいもがちょうどヤ

まるあごのにゅうめんと酢の物

海があつくなってくると、いよいよトビウオが出てくる。トビウオの仲間にも色々あって、よく食用になっているものはトビウオやホソトビウオ、ツクシトビウオ、ハマトビウオ。他のトビウオはまとまっては獲れなかったり小さかったりで、あまり市場に出ることがない。 北九州、下関では頭の丸いものをまるあご、四角いものをかくあごと呼ぶ。まるあごが先にやってきて、夏本番にもなるとかくあごが出てくる。かくあごというのはハマトビウオなどのことだろう。この日はやや小振りのまるあごを買ってみた。無印のトビウオだった。 トビウオの仲間は鮮度が落ちるのが早くて、古くなると少しいやみが出てくるけれど、新しいものはよく味が出るし、ほかにはないうまみがある。瀬戸内では色々な白身の魚をにゅうめんに使う。そういうわけで小島の古い人に聞いたとおりににゅうめんをする。トビウオは3枚におろして、皮を取り、包丁でたたく。アジのなめろうのように徹底的にはたたかないで、やや粗くたたく。ここに少し塩を振って、ぐねぐねと揉んでおく。にゅうめんの汁は簡単。水2カップに薄口醤油を大さじ2杯、酒を大さじ1杯だったかな?分量を忘れてしまったけれど、こんな程度だと思う。これを沸かして、沸騰してからたたき身を丸めてそっと落とし入れる。中火で煮て、火が通ったら団子が浮いてくる。そうめんは少し硬めに茹でて、ざるにとってよく冷水で洗い、ぬめりを落とす。これを器に盛って、熱々の汁をたっぷりかける。具はトビウオだけでもいいし、あればネギをたっぷりかける。やさしい味にほっと落ち着く。日常の料理そのものである。 酢の物は九州北部では一般的な食べ方なのかもしれない。トビウオを3枚におろして、皮を引き、厚さ5ミリ程度に糸切りする。うっすら塩を振って、10分ほど置く。薄切りして塩を振り、よく絞ったきゅうりと合わせて、酢を少し多めに振りかける。汁気を切って器に盛る。 薬味には青トマトを薄切りして使う。こういう習慣は瀬戸内の島々では普通だったようだ。トビウオのほか、アジの類にもこの青トマトはよく合う。瑞々しくて、涼しげなのもいい。夏の間だけのひそかな楽しみだ。おろしたあとのアラは、グリルで素焼きにして、味噌汁に使うといい。

ドジョウの空揚げ、たたき揚げ、トマト煮

長いようで短かったドジョウ生活も一区切り。最後はこの3品を紹介しようと思う。 ●空揚げ これは定番の料理で、あまりドジョウを食べない地域であっても飲み屋のメニューにあったりする。もちろんもっともうまいのはアジメドジョウを使ったもの。でも、ドジョウでもおいしい。ドジョウは酒で大人しくして振り塩し、よく揉む。20分ほど置くとうっすらと塩味がつく。これを水洗いしながらざっくりぬめりを取って(ざるの上で洗うといい)、キッチンペーパーで握って水気を取る。片栗粉を厚いめにまぶして、油で揚げる。小さいもの、骨の柔らかいものなら3分もすれば揚がる。大きなものは投入時には160度、投入し終えたら130度くらいに落としてしばらく揚げて、最後に火を強くして温度を上げてから取り出すとよい。ひとつ食べてみて塩気が足りないようなら塩を少し振る。 ●たたき揚げ 大きめのドジョウはたたき揚げにしてもよい。魚をたたいて(ミンチにして)揚げるというのはよくある手法で、今時はイワシくらいしかメジャーなものはないかもしれないけれど、アジやサバ、トビウオを使ったものが食べられてきたし、フナやナマズ、ドジョウを使ったものもある。要するに粘りのあまりないさつま揚げだと思えば、そこに至る延長線の手前側に位置するこの料理をいとおしく思えるかもしれない。 ドジョウは酒で大人しくしてから塩を加えてよく揉み、しっかりとぬめりを落とす(完全に取れることはない)。頭と胆嚢(これは大抵頭を落とすときに一緒に取れる)、尾びれを取り、あとはひたすらに包丁でたたいてミンチにする。指の腹でさわってみて、ほとんど骨が気にならなくなったら十分で、ここにわずかに塩を振って3分ほど置く。ここへ溶き卵を加えて、よく水気を切った木綿豆腐を手でしっかり潰して混ぜる。あとは薄力粉を加えて、練る。これでたねができあがる。分量はドジョウ中ぐらいのもの25匹に対して、卵1個、豆腐4分の1丁、薄力粉が大さじに2杯。本来は豆腐を加えてからすり鉢で擂るなり、フードプロセッサーにかけるなりして、均一に、かつきめ細かく混ぜるべきところだけど、適当にムラがあるほうが味わいは面白くなる。できあがったたねは結構ゆるい。大きなスプーンで掬ってまとめ、油に放り込んでいく。温度は少し低いめの140度くらいでゆっくり揚げるのがいい。ときどきひっくり返していると

ドジョウの丸煮(佃煮)、蒲焼き、マース煮

我が家にはたんまりドジョウがあるので、普段ならまず作ることのなさそうなものもやってみた。 ●ドジョウの丸煮(佃煮) いまどきはどうか知らないが、かつての佃煮はもっともっと醤油辛かった。その最たるものが関東の佃煮であったということは、今でも先達から聞き取ることができる。そういうわけで、一昔前の関東風の佃煮を作る。ドジョウは酒で大人しくしてから、一旦湯にくぐらせて真っ直ぐに伸ばしておく。そのままやってもいいけれど、この方が煮崩れが少ない。鍋に煮汁を作る。水を2カップ、酒を2分の1カップ。酒と同程度の量のみりん、それに濃口醤油(甘くないもの。千葉で作られているものがよい)を大さじ3杯から3杯半加える。煮立てたらごぼうのやや厚いささがきと、ねぎを少し加えて、それからドジョウを入れる。沸騰したら弱火に落として、20分ほど煮て一晩休ませる。もう一度火を加えて、弱火で煮汁が煮詰まるまで煮る。この間、特に煮汁が熱いうちはドジョウが煮崩れしやすいから、箸でみだりにかき混ぜたりしない。もっと昔風にするなら、みりんの量をさらに半分に減らす。でもこれはあまりおいしいとは思わない。 この丸煮は私には少々味付けが辛いので、まぜご飯にするとおいしい。ドジョウを適当な大きさに刻んで、ゴボウとともにごはんに混ぜるだけ。 ●蒲焼き ドジョウの蒲焼きを出す店は各地にある。ドジョウという魚は開いてから食べられることもあるが、基本的には煮るか、あるいは焼いてから煮るのが通例であって、蒲焼きというのはほとんど外食でしか見られない文化とも言える。蒲焼きの形態は主として3タイプあり、丸のまま串を打ったもの、開いて骨を取らずに串を打ったもの、ウナギのように開いてから背骨まで取ってあるものだ。愛知県東部では最初のタイプが、金沢では真ん中のタイプが中心になる。開いて骨まで取るような大きなものは養殖ドジョウでしかあり得ないだろう。串はウナギのように一匹丸ごとに対して何本も打つより、二分あるいは三等分して串にするのがよい。骨付きのものなら骨のある側から串打ちするほうが簡単で、縫い刺しのようにする。 骨がついていてもついていなくても、要領は同じだ。これを魚焼きグリルでやや強い火で焼く。薄いのですぐに焼けるが、面倒がらずに何度かひっくり返しながら焼く。身の面と皮の面と

ドジョウの焼き浸し、釜揚げ、味噌鍋(裂き鍋)

ドジョウ料理メモ三題のつづき。 ●どじょうの焼き浸し 焼いたドジョウを十分に冷ましておく。一日くらい冷蔵庫に放り込んでおくのもいい。かつお節と昆布で出汁をとる。鍋底に一度煮出した昆布を敷いて、たっぷりの水に焼きドジョウを加えて中火で煮る。沸騰してから薄口醤油をお玉に一杯、みりんを一杯加えて、それから下茹でしておいたマダケと、薄切りの新生姜を数枚加える。落し蓋をして、弱火で20分ほど煮たら完成。一旦冷まして、味を染み込ませるとよくなる。塩気が足らなければ少し塩を加える。 ●釜揚げ もっともシンプルな料理。かつて岡山平野では産卵期に集まるシマドジョウ類を釜揚げして食べたという。これは小振りのドジョウを使ってもいい。ドジョウは酒で大人しくしてから、表面をさっと洗う。鍋に湯をたっぷり沸かして、塩をひとつまみ加える。ここへ湯の温度が下がらないよう少しずつドジョウをぱらぱらと加えて、火が通るまで煮る。小さいものなら3から5分もすれば茹で上がる。茹で上がったら掬い上げて皿に盛り、大根おろしとポン酢、あるいは二杯酢をかける。温かい方がおいしい。写真には二種類の色合いのドジョウが写っているが、青黒いものが養殖、茶色いものが天然。もちろん茹で時間は少しちがう。火を入れると天然では肉が硬いので丸くなるけれど、養殖ではそれほど丸まることはない。 ●味噌鍋 ドジョウは背開きにして骨をとる。鍋にたっぷりの湯を沸かして、これに10秒ほどくぐらせる。取り上げたものは冷水にとる。かつお節、昆布、しいたけで出汁をとる。これを小鍋に沸かして、沸騰したら水にさらしたごぼうのささがきを加える。10分程度中火で煮たら味噌を溶いて、それから先のドジョウを並べて、豆腐とねぎを乗せて5分ほど中火で煮る。ドジョウの卵がある場合はこれも加える。あくは取っても取らなくてもよい。この日は日田の米すり味噌を使ってみた。この料理には少々甘みのある味噌が合う。好みで味噌の量を減らして、少し醤油を加えてもおもしろい。

ドジョウのころ炒り、どじょう汁、甘露煮

このところ訳あってドジョウの料理ばかりを作っている。今日はまずは三題を掲載。と言ってもいずれも素朴なもので、特にレシピらしいものではない。 ●ころ炒り ころ炒り、あるいは炒りころは香川の料理。いこい食堂で食べた味を思い出す。ドジョウは水からあげて酒か焼酎を振りかけ、大人しくさせる。とにかくよく暴れるので、大きめの袋に入れてからやるといい。大人しくなったら少しすすいで、それから塩を振って揉む。これで余分なぬめりが取れる(完全には取れない)。フライパンにサラダ油か米油を多めに入れて、ある程度熱したら中火程度でまずはドジョウをぱらぱらと放り込む。箸で触りすぎるとボロボロになるので、最低限、表裏、あるいは左右を数回返して火を通す。だいたい写真のもので4分くらい炒めればよい。ここに鷹の爪、ねぎ、水にさらしたごぼうのささがきを加え、火が通るまで炒める。このときもあまり箸でかき混ぜないように気を付ける。最後に塩コショウを少し振ったら完成。とても簡単にでき、しかもドジョウの味がよく分かる。 ●どじょう汁 どじょう汁にはいろいろな作り方がある。今日はスタンダードな作り方。水にさらしたごぼうのささがきを、水から火にかける。沸騰したらドジョウを生きたままぱらぱらと入れる。入れた瞬間にドジョウが暴れて危ないから、ふたでカバーをしながらやふとよい。10分ほど煮たらねぎを加えて、味噌を溶く。この日は塩気の強い越後味噌。ドジョウは概して米味噌と相性がいい。味噌はわずかに濃い目に溶く。 ●甘露煮 この日は京都や大阪で作られるような、その中でもあっさりとしたタイプにする。ドジョウは酒で大人しくしてからさっと洗い、胸のあたりから竹串を打って焼く。普通の魚焼きグリルで焼けるが、そのまま放っておくと丸まってしまう。強火で片側を少し焼いたら(表面が乾く程度)一旦取り出して、指か包丁の腹などを使って曲がったドジョウを真っ直ぐにする。それからもう片側も強火で焼いて、曲がったらまた真っ直ぐに直す。そのあとは中火で火が通るまで焼けばよい。焼けたドジョウは串から外して粗熱をとる。小鍋に薄口醤油とざらめ糖をだいたい等量加えて(計るのを忘れた)、あとは酒を半カップ、水を1カップ程度で煮汁を作る。沸騰したら焼ドジョウを加えて、中強火で15分ほど煮る。煮汁がほとんどなくなったら完成。冷ましてから

味噌のこと

私は味噌が好きだ。研究の道に進まなかったら、味噌蔵に就職しようと本気で思っていた。それが叶わなかった今の人生、いいのか悪いのか。 私の育った家庭は愛知県の西部にあって、両親ともにそうであったので当然実家の味噌は豆味噌、いわゆる赤味噌だ。今どき汎用しているのが七宝味噌赤だし。だし入り味噌は邪道でも、使うのが楽なのがいい。尾張の味噌なので、八丁味噌のように角がない。そのぶんうまみが薄いとも言えるけれど、普段使いにはこれで十分だ。 名古屋地域には味噌汁について、豆味噌以外の味噌を一切認めないという過激派もある。我が家はというと、この七宝味噌を基本型として、ときたま米味噌や合わせ味噌になることもあった。現在の私はというと、気分や具に合わせて逐一変えている。今でも豆味噌でないと許せないのは、シジミやアサリといった二枚貝や、里芋の味噌汁。特に貝の汁は豆味噌が一番活きる。ふなの汁を作るときには米味噌がいい。米味噌のやさしさはふなの繊細な脂に合う。少々甘いめの、大分の米すり味噌はいい。この味噌はふなのてっぱいにも向いている。対してくせの強いコイの汁なら豆味噌のほうがいいような気もする。どじょう汁についてはやっぱり米味噌だ。それも塩気があって個性のある越後味噌と合う。冷や汁をするなら麦味噌一択だろう。しかし同じ九州の田舎風味噌であっても、宮崎は日南のものと鹿児島加治木のものとでは味わいの性格が異なる。 味噌には大きな個性があるから、具材との相性を考えて、試行してみることも楽しみのひとつ。もちろん、各地の郷土料理試作のうえでも、いろいろな味噌を持っておくことは重要になる。私は写真のもののほか、西京味噌をストックしていることが多い。八丁味噌は味噌煮込みうどんにだけ使っている。

キビレカワハギで水煮魚

水煮魚という料理がある。中国や台湾で食べられる辛い魚料理。冷蔵庫にキビレカワハギの白身がたくさんあるのに困って、苦肉の策にこの料理に使うことを考える。 魚は三枚におろしたら一口大に切って塩を振り、酒と片栗粉を混ぜたものをまぶしておく。にんにく、しょうが、長ねぎをみじん切りにして、たっぷりの油で炒める。火が通ってきたら唐辛子と花椒を加えて、さらに刻んだセロリともやしを投入、だいたい火火を通しておく。別の小鍋に湯をわかして、ガラスープと薄口醤油、わずかのナンプラーに砂糖少々でスープを作る。味はやや薄味でいい。そこへ豆板醤を好みの量、少し辛いかな?と思う程度に加えておく。また別の鍋に湯を沸かして、先に下味をつけえおいた魚肉を投入、中弱火で火が通る程度、だいたい5分ほど茹でて、茹で上がったらざるにあける。どんぶり鉢に魚を入れ、炒め野菜を乗せ、最後にスープをかける。これで出来上がりでもいいけれど、そのあとにサラダ油とごま油を半々にしたものを熱々に熱して、ジュワッとかけ回すと風味が効いてよくなる。 多少弾力のある白身なら、何を使っても合いそうだけれど、火を入れると身が締まるフグやカワハギ類に相性よし。ボラなんかもいいだろうね。ところでこの日は魚をたっぷり使っての食事の会だったのでした。たくさんいろいろな料理をするのは楽しい。

フエフキダイを沖縄流に煮付ける

我が家の冷蔵庫に1匹のフエフキダイがあった。考えに考えあぐねた末に、これは沖縄の居酒屋風煮付けになった。 どこがどう居酒屋風かというと、単なる姿煮ではなくて、頭をつけたまま三枚におろして、身は小さな切り身にしてから使っている。こういうところにあそびを持たせたい。 沖縄の煮付けは調味料が肝腎だ。フエフキダイはさっと湯通ししてざるに取る。鍋に水1カップ、醤油50ccくらい、黒ざーたー(黒糖)を大さじに2杯、それと泡盛を1カップ加えて煮汁を作る。湯通ししたフエフキダイを入れて、しょうがの薄切りとともに落とし蓋をして10分ほど強火で煮たら、厚揚げ、ねぎを加えさらに5分ほど煮る。身が切ってあるので味はすぐに絡む。 こういう煮付けに合うのはフエフキダイ科の魚。でもクチナジ(細長いフエフキダイ科魚類のこと)では肉がパサつくのと皮ににおいがあるのがうまくなくて、やはりメイチダイ類、フエフキダイ、ハマフエフキがいい。あとはアオダイの仲間。キンメダイやキチジもいい。暑い時期には得てしてこういう味付けがほしくなる。

博多のあぶってかも

あぶってかも、という言葉を聞いて、その正体が分かるというひとはきっとそうは多くはないだろう。今や博多、そして福岡の夏の風物詩となっているこの得体の知れない料理、これはスズメダイという小魚の焼いたものだ。福岡市内のスーパーマーケットには、5月も半ばにもなるとこのスズメダイが店頭に並び始める。大抵はすでに塩の当ててあるもので甘塩、などと書かれていて、生のものはなかなか売っていない。また、今やあぶってかもという表記で売られているこの魚、従来ではこれは料理の名前なのであって、博多湾界隈ではカジキリと呼ばれていた。舟のかじを切るのに邪魔になるくらい、たくさん湧くようにいるからだそうだ。この呼び名は今も周辺の離島に残っている。 スズメダイ、カジキリはとにかく炙るというか、よく焼く。これがあぶってかも(炙って噛む)になる。鱗も、内臓も取らないで、そのまま焼く。じっくりと時間をかけて、やや強い火で焼くのが肝腎だ。 これぐらいしっかり焼くと、体から染み出た脂で鱗が揚がり、鱗ごとばりばり、というより、ほくほくさくさくと食べられるようになる。ただし、骨はオセンゴロシの名があるようにとても硬いので注意が必要。 この料理が有名になった由来については帯谷瑛之介が「戦後になって東京、大阪からの客がもっと珍味を…と求めるのに、篠原雷次郎さんがやま弥の女将をたきつけて出させてみたんです。ところが評判がよくてパーッと全国に広がったというわけです。」と明言している。それまでは魚屋では扱ってもらえない、八百屋にあるような下の魚だったという。塩漬けで食べられる魚はほかにもあったのではないだろうか。 ところであぶってかもを食べてみて、そのまま食べるには少し塩辛い。直感的に焼き浸しに向いているのではないかと思った。それで、冷ましたあぶってかもに湯をかけたあと、水から弱い火でしばらく煮てみた。これはおいしい。茶で薄めてご飯を入れて食べるのもよさそう。ということでこの焼き浸しの煮汁を茶で薄めて、茶漬けにもしてみた。これは本当に大正解のうまさだったことを表明しておく。

食欲不振にりゅうきゅう

りゅうきゅうというのは平たく言わなくても魚の漬け料理であって、大分から宮崎にかけての呼び名だ。この地域で白ごはんにりゅうきゅうを乗せて、お茶をかければいわゆるあつめしになり、対岸の宇和島ではひゅうがめし(日向飯)となる。こういう呼び名から、その料理の伝播とその源流がなんとなく分かってくる。しかし実際には琉球(沖縄地方)では漬け食文化はほとんどないので、単に南の方という意味でのりゅうきゅうならば、もしかすると八丈島周辺だったりするのかもしれない。ついでに言うと紀伊半島のいくつかの地域に見られるべっこう寿司(漬けにした魚の身を握り寿司にしたもの)は、伊豆諸島や八丈島周辺のべっこう寿司、島寿司の影響を色濃く受けたものだ。こういう地域はカツオ漁を通しての文化交流があった。宮崎もカツオ漁が盛んなところなので、あながち誤りではないのではないだろうか。漬けといえば福岡には今や名物とも称されるごまさばがあるけれど、古い文献でごまさばの名称を見ることはない。北九州ではかつて青魚の漬け茶漬けを食べる習慣はなかったというし、福岡のごまさばは比較的最近に近傍島域のマイナーな文化がごまさば、あるいはごまかんぱちという呼び名を獲得したことによって、一気に広がったものなのではないだろうか。 閑話休題、この日は朝から非常なむし暑さに苛まれていた。食欲どころか生きる気力もなくなっていく。そんな日にホウライヒメジでりゅうきゅう。厚めに切った刺身を醤油(甘くないもの)とみりんを等量で割ったものにしばらく浸けただけ。浸ける時間は短めがよく、だいたい10分ほど。ここへすりゴマと大葉、ねぎを混ぜて、うすく切ったきゅうりの上へ盛る(きゅうりは単なる飾り)。ゴマを擂った鉢に盛る無作法をはたらいて、かきこむように食べる。りゅうきゅうは漁師飯なので、ちょっとくらい無作法なほうが洒落ていると言えるかもしれない。 ところでこのりゅうきゅうにはマアジがたびたび使われるけれど、白身でもおいしい。少し厚めに切ってもいい、食感のよいもの、それでいて味の濃いものに相性がいい。