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3月, 2020の投稿を表示しています

さわらごはん

魚には炊き込みご飯とするうえでの向き不向きがある。だからなんでも炊き込みにしたらいいというわけではないし、その方法論にも色々なものがある。 このところサワラが安い。特にさごしと呼ばれる小振りのものはかなり安いが、しかし日によってはとてもいいものがある。肉が白く、脂がついている。こういうものを買っておいて、なんでも使えるようにそのまま冷凍しておく。 冷凍庫から取り出したら常温で自然解凍させて、さわらめしを作ることにする。米2合にもち米を半合混ぜ、といでから半時間吸水させる。ここにこいくち醤油大さじ2、酒大さじ3を合わせ、かき混ぜてちょうど2合半分になるようにして、その上にサワラの切り身(皮つき)と、ゆで筍の冷凍しておいたものを融かし、軽く絞って乗せる。筍はそのまま冷凍は難しいが、使いやすいサイズに切って砂糖をまぶしておくと冷凍できる。これを取り出してざるに入れ、水で洗い流したら炊き込みご飯や炒め物、汁物に使える。私はこうして年中筍を食べられるようにしている。余談が長くなった、これにて炊き込みご飯モードで炊飯する。炊き上がったらすぐによくかき混ぜる。 さわらごはんに大したコツは見当たらない。強いて言えば、濃口醤油を使うこと、酒は少し多めにすること、余計に甘くしないこと。

ボラでカレーを作る

気温が高くなり、少しずつ色々な料理を作ろうという気持ちが戻ってくる。たなごの本が出版になった。このブログは本の感想を書くところではないのでこれは差し控えるが、どじょうの本、たなごの本ときて、次はなにかという話題にてぼらの話になる。ぼらの文化というのは実に広がりのあるもので、祭礼魚としての側面もあり、また各地に伝承されていた地域色の濃い漁法もある。もちろん食べ方も色々だ。からすみについては西からの伝播に思いを馳せる必要があるだろう。そんなこんなを考えているうちになんとなくボラが食べたくなってくる。今日はカレーだ。 冷凍庫からボラの半身を取り出して半解凍する。完全に解凍しない方が切りやすい。50センチくらいのボラ、この裏表に振塩して10分ほど置く。その間にほかのことを進める。 にんにくひとかけをみじん切り、乾燥唐辛子1つを粗く輪切りにする。たまねぎ1個は下半分をすりおろして、残り半分は上から見て半分に切ってから5ミリ幅に刻み、またそれを半分にする。セロリ2本は茎のところをすりおろす(葉はほかの料理に使う)。じゃがいも(メークイン)をひとつ、これは皮を剥いてからすりおろす。エリンギ2本は少し斜めにして厚さ1センチくらいに切る。フライパンにサラダ油を少し多めに敷いて、クミンシード、マスタードシードを弱火で2分ほど熱して香りが出てきたら、そこへにんにくと唐辛子を加える。にんにくに色味がついてきたら強火にして、ここに粗切りのたまねぎを加えて炒める。火が通ったらすりおろしのたまねぎ、セロリを加えて炒め、水気がなくなってきたらじゃがいもをすりおろしたものを加える。粘りが出るので焦げ付かないようへらでいなしつつ、少ない順にカイエンペッパー、クミンパウダー、ターメリック、コリアンダーの4つの粉スパイスを加え、水を2カップ加えたらへらで丁寧に混ぜる。ココナッツミルクを1パック(250cc)加えて、弱火にしてから10分ほど煮る。ボラの切り身は表面の塩気と、浮いてきた水気をしっかりと拭き取ってから、適当なサイズに切り分ける。背側と腹側とを切り分けて、2センチから3センチ幅くらいに切ったらいい。煮立てた汁の中にエリンギとともに投入し、火が通るまでまた10分ほど煮る。最後に塩小さじ半分と、はちみつ大さじ1.5で調味する。汁が煮詰まりすぎていたら、好みで差し水する。今回は途中で1カップ程度水を

半助を炊いて一杯

半助のことは昨年にも記事にした。関西のうなぎは頭をつけたままで腹側、あぎのところから裂いたものを焼くので、頭が副産物として生じてくる。これを半助と呼ぶ。半助の利用方法は地域によって多少異なるけれど、関西圏、特に大阪ではもっぱら鍋だ。あるいは雑炊にもなる。佃煮にしたものを茶漬けに使うこともある。 京都に川のことを調べに行きはじめて、はや10年ほどがすぎた。京都には外食産業の数のわりに、老舗のうなぎ屋が少ない。京都のうなぎ需要を支えてきたのは他ならぬ川魚店、鮮魚店であり、その中には明治期に創業したものも残っている。こうした店で見られる"持ち帰り"のうなぎは、押し並べて頭をつけて売られているものだ。だから、京都で半助を買うというのは存外難しい。ところが、錦市場ののと与さんが観光客向けのうなぎ串を始めて、それで単体の半助が生じることになった。このうなぎ串は関東の串とは違って、長焼きを切って串に刺しただけのものなので、長焼きの半助、そして尾の先が余ってくる。これを大阪の店よろしく半助として売るようになった。たいてい日に1、2パックしかないので、必ずあるわけではない。10匹分くらい入って300円。 昨日、一昨日は強烈な寒の戻りになった。これに堪えかねて、半助鍋を作るために家路を急ぐ。つまみとして、また体を暖めるために作る半助鍋は、少し作り方を変える。3カップ分のかつおのだし汁にうなぎの頭、半助を5つ加えて、さらに粗くささがきにした新ごぼうを水に10分ほどさらしてから炊く。強火で炊いてはじめあくを取り、そのまま強火ないし中強火を維持してごぼうが煮えるまで15分ほど炊く。ここで薄口醤油大さじ2、みりん大さじ1、酒大さじ2を加える。水切りした焼き豆腐一丁を18等分にして加え、火が通ったらわけぎ(ネギとして売られていた)を加えて1、2分加熱する。これだけ作ると3人前ほどになる。食べ方によっては2人前だ。いずれにしても頭が5つなので喧嘩になるかもしれない。もちろん1人で全部食べきってもいいけれど、少々胃に持たれるのではないかと思われる。 うなぎの頭も強火で炊き込むと汁がすっかり濁る。うなぎのうまみは鰹だし、またその酸味と相性がいい。熱いうちにかきこみながら酒を一杯、二杯とやるうちに体が暖まり、気が付いたら布団に入って朝を迎えていた。

京都で買った押し寿司

私は押し寿司が好きだ。もちろん江戸前の握り寿司もだいすき。だけど、押し寿司にある端正さがいい。押し寿司の文化は西日本の各地にあり、その土地土地で風合いの異なるものだ。これを押す型にも地域性がある。私の育った愛知県のものは長方形の木箱を使うので、箱寿司ともいう。 京都には多様な寿司があるが、この代表格が鯖寿司とはも寿司ということになるのだろう。これらの寿司には棒寿司と呼ばれるものと、押し寿司とがみられる。またハモについては、ほぐし身を使うものと、丸ごとの焼きハモを使ったものとがある。なかなか高級なのでいつもは買わないもの。これが冬場は比較的安価で求めることができる。 海川魚御料理の舟板が目立つう我市にて、思わず目に飛び込んできたのがこの押し寿司のセット。はも寿司に加えて、えび、玉、ヒラメをこけら状にして押した寿司とが抱き合わせになっていた。このうつくしさについ買い求めてしまったもの。サイズ感は今どきのものではなくて少しだけ大きい。米のしまり具合に関西の寿司の懐かしさをかんじる。ハモは活けもんやよって、高いけど間違いないとの女将さんの言うとおりだった。創業から90年余りだという。

白魚

福岡の春告魚の代表格が、この白魚である。白魚と書く魚には標準和名で書くところのシラウオと、シロウオがある。私は愛知県のシラウオ文化圏で育ったため、シロウオを食べたことはほとんどない。伊勢湾でシロウオを漁獲している河川は皆無だろう。まとまって獲れないからだ。 福岡市の西側を流れる室見川には、例年2月にもなると川を横切るように白魚の簗が設置される。横切るように、といっても完全に川道を塞ぐわけではなくて、ひとつひとつの簗の間にはすき間が設けられているし、岸沿いは両側がら空きになっている。川沿いの料亭とり市や三四郎では、白魚が入荷し出すとまねき旗を掲げて、いよいよ春の到来を感じさせる。 白魚にはつくしうお、という呼び名がある。これは、この魚が筑紫の国に多産することと、茹でたときの姿が「つ」の字をなすことに由来するという。もともとは庶民の魚で、かつては室見川だけでなく那珂川や金屑川、樋井川、多々良川といった、博多湾に流れ込むあちこちの川で漁獲されていたものだ。帯谷瑛之介は子供時代、釣り餌に買っていたという。室見川の川端には桟敷が並び、川面を眺めながら白魚を楽しむ光景が広がっていた。このような光景は戦後にほとんど失われてしまったものの、春日亭という桟敷は変わらず営業し続けていた。 ただし、現状は厳しい。現在、博多湾流入河川で白魚の漁獲があるのは室見川に限られる。それ以外の河川では、水質の汚濁や河口域の埋め立て、しゅんせつといった著しい環境改変によって潰えた。室見川についても漁獲の減少が続いていて、現在の漁獲量は往時の10分の1以下にまで減ってしまっている。白魚は小石の下に産卵する。こういう小石が河口まで流れてこない不健全さが、室見川の今の姿なのだ。度重なるしゅんせつの影響も大きいだろう。川底をしゅんせつして掘り下げるということは、そこにある小石も丸ごと取り去ってしまうということ。春日亭の桟敷はもう過去数年開かれないままだ。 とり市や三四郎では元々、室見川のものだけを使っていたが、今では需要を賄いきれないために他の河川のものも使わざるを得ない状況にあると聞く。300年の伝統に生きる筑紫の国のつくしうおの糸も、あと少しで途絶えてしまうかもしれない。 ところで、この標準和名シロウオは、たいていシラウオと呼称されている。これはどうやら玄界灘に共通なようで、たしかに

春の味 つくしとともにつくしうお

今年の冬は本当に暖かいうちに終わりを迎えた。特にここ福岡では目立った雪がない。山の方を見ても全然白いところがないのだ。雪融け水、いわゆるユキシロの不足は、川のいのちにとっては致命傷になりうる。もちろん、川とつながっている海にたいしてもなんらかの影響が出てくるだろう。 暖かい冬のせいか、春になって出てくるものの早いこと。川の土手には早くもつくしが顔を出すどころか、すでに頭のほうけているものもある。これをふたつかみほど摘んで帰り、白魚とともに春を味わうことにする。 つくしはまだ十分に胞子を含んでいるものと、もう胞子が出尽くしてはいるものの、茎にしっかり水気のあるものとを半々で摘んでくるのがすきだ。土から出ている部分だけを、指先でつまむようにして、人差し指と親指をスライドさせて折り取る。うまく折れないものはだめで、水気が抜けてしおれてきているものだ。ざっと水洗いして表面の土埃を落としたら、袴を取り除いていく。爪先できっかけを作り、ぐるりと剥き取っていく。袴を取り終えるとかさが2割ほど減ったようなかんじになる。 鍋にたっぷりと湯を沸かし、つくしを放り込んで1分強火で茹でる。茹でたら冷水にとり、しばらく(15分くらい)おいて、それから新しい冷水ですすいで手で絞る。これで下ごしらえのできあがり。たくさんある場合にはこの状態で冷凍しておくこともできる。 鍋に水2カップ、濃口醤油大さじ1、薄口醤油大さじ2、みりん大さじ3、上白糖小さじ2を溶いて沸かし、つくしをひとつかみ入れて5分ほど中火で煮る。そこへ長さ5センチほどに刻んだセリと、白魚を加えて、1分ほどで溶き卵2個分をかけ回す。好みにもよるが15秒ほどで火を止める。これでだいたい3人分、小鉢にしたら4人分ともいえる。 つくし、せり、白魚の苦みの演出は、春の詰め合わせだ。もちろんつくしだけでも十分においしいし、色味には菜の花(先に茹でて絞っておいたものを使う)もいいだろう。白魚の異名につくしうおというのがあり、これは筑紫の国で獲れることと、茹でると「つ」の字をなすことに由来するという。白魚のあれこれ、詳しいことについては次稿に譲りたい。

ほうれん草があったら鍋

幼少の頃の食べ物に関する記憶というものは強く残るもので、なにかの拍子にフラッシュバックするかのように頭にわいて出てくることがある。私はひとつずつ、だいすきな食べ物を増やしながら成長した。だいすきになっていった食べ物の記憶はとてもいとおしく、かけがえのないものだ。 我が家で単に青菜と言えばほうれん草のことで、とにかくほうれん草のお浸しをしょっちゅう食べていた記憶がある。私はほうれん草の独特の味がだいすきで、特に近所の方からいただく野趣あふれるものの味がいい。そういえば祖母もほうれん草をよく育てていた。 このだいすきなほうれん草だけれど、旬の冬場、特にどっさりといただくことがある。そんなときにはビタミン鍋、あるいはほうれん草鍋と呼ばれていた鍋物になっていた。我が家の食卓でもっとも多い鍋はこの鍋だったように思う。今でも山盛りにほうれん草が売られているのを見つけると、鍋がいいかな、なんて思って独り暮らしとは思えぬ量を買い込んでしまう。 ほうれん草は土が多いのでよくよく洗う。葉っぱを1枚ずつ外して根元のところをよく洗い、二等分あるいは三等分に切ったものをまたボールに入れて水でザブザブと洗う。根の赤いところをズバッと切り落としてしまう人がいるが、ここに甘みが凝縮されているのでそんなもったいないことはしない。鍋に水3カップを沸かして、かつおだしをとる。だしパックでいい。そこにこいくち醤油と酒を各大さじ1加える。味つけはこれだけで、沸騰させては豚肉とほうれん草を茹でつつ食べていく。次第に汁に豚肉とほうれん草の味がついていくから、味わいは少しずつ変化していく。余計な甘みを加えないのでほうれん草の苦味も甘味もよく分かる。豚肉はなんでもよく、肩やももの薄切り、小間切れ肉でもいい。脂の多いばら肉は好みでない。あと、豆腐を入れること。今回は切らしていたのでなし。これは1人の分量だけれど、ほうれん草は2束食べる。食べてしまう。豚肉は150グラムもあれば十分。メインはあくまでほうれん草である。 我が家ではしょっちゅう登場したこの鍋の、中に入った豚肉がももの薄切りか、あるいは小間切れ肉かで、子供心に我が家の懐具合を推し量ったものだった。 私が大学に入ってかんじた不思議のひとつに、鍋パーティー、鍋パをするときに決まって「鍋のもと」を買い求めること。ただでさえ金のない大学生が