3月の終わりにもなると、ときどき春のにおいを感じるようになる。雨のあと晴れやかなるところに川のにおい、若草のにおい、いきものが活力を得る春のにおいだ。こんなにおいに包まれると、おだやかにうれしい気持ちになってくる。コイやフナが水辺に集まってきて、産卵のシーズンだ。こうして集まってくる彼らの肉は卵にすっかり栄養をとられてしまっている。卵は成熟を迎えて吸水し、膜が厚くなって硬いが、しかしこの真子にはこの時期ならではうまさがある。
卵で腹がぼてっとした、形のいいフナが捕れると、煮付けで食べる。琵琶湖でフナ鮨に使うニゴロブナも、しっかり成熟したものは鮨に不向きだそうで、もっぱら煮付けで食べられていたようだ。煮付けで食べるフナは大きすぎないもの、だいたい手のひらくらいのサイズから、25センチくらいまでのものがいい。これを関西風に炊いてみる。フナは頭を包丁の背で叩いて気絶させてからうろこをすき引きにして、エラをとって水に入れ、血をある程度抜く。腹の右側を少しだけ裂いて、そこから内蔵を取り出す。胸鰭の付け根の下くらいにある胆のうを潰さないように注意する。卵が漏れやすいので、あまり大胆に裂いてもいけない。肛門より後ろ側は幅3ミリ程度に骨切りして、肛門より前は少しだけ切れ目を入れる(味が染みやすいのと、形がよくなる)。鍋に湯を沸かして少しだけ番茶を煮出したものへ、左側を上にしてフナを入れる。腹のところが盛り上がってくるから、お玉で少し押さえて形を整える。フナを一旦取り出して、鍋にフナが被りきらないくらい水を入れたら酒、しょうゆ、ざらめ糖を加えて、煮汁を作る。薄味なら白醤油大さじ3、たまり醤油大さじ1、ざらめが大さじ3杯くらい。濃いめが好きなら少し増やす。煮汁には番茶を少し煮出して、あとは梅干しをひとつ加える。これを煮立ててからふなを加える。ふなははじめ、煮崩れない程度に中強火で炊き、よくあくを取る。ふたをするとにおいが籠るから、ふたもしない。あくが出なくなってきたらアルミホイルで落し蓋をして、弱い火に落として煮る。煮始めてから40分ほどしたら火を切り、よく冷ましてから再び加熱する。魚卵は火が通りにくく、味も染みにくいので、少し長めに炊く必要がある。
京都の煮付けにはみりんは使わなかったと古い人に聞いたことがあるけれど、本当だろうか、と思いながらの煮付け。このフナは当たりで、卵だけでなく身もうまみがあった。フナが卵を産んでしばらく経つと、水辺は一気ににぎやかになる。今年は雨が少なくてなかなか産めなかったと思うので、にぎやかになるのはあと少しだけ先になる。