川魚のことを調べるために、もう何年も京都に通っている。京都の場合、単発の取材はたいていうまくいかないので、同じところに何度も通って、顔を覚えてもらう必要がある。だから何度も行く。そういうわけで昼間は忙しいけれど、夜はそういう、調べないといけないことから解放されて、気に入った飲み屋に入ることが多い。京都は観光客が多い。そういう客層向けの店もあるけれど、探せばちゃんといい店がある。こういうところにまちとしての層の厚みを感じる。
さてこの日はというと、夜も川魚を食べに出かけた(調査抜きに行っているので、これはあそびだ)。アユを食べられるお店は、もちろん福岡にもたくさんあるし、京都にももちろん、いくらでもある。けれど、京都産のアユを調理して食べさせてくれるお店は今や数えるほどしかない。しかも、自前で捕ったものを出すところはここ一軒だけだろう。アユの仕事はどれもすばらしく、また生の青たで(これはヤナギタデ)を使った本物のたで酢、たで酢味噌が味わえることもいい。何度食べても飽きることのない味わいだ。アユは川によって風味が異なり、また大きさによって向いている料理もちがう。そういう個性を活かすことも腕のうちだと言える。この日は土曜日だったせいか、大変な盛況で客席が空くことはなかった。
アユを見ればすぐに分かるのだけれど、残念なことにこの日はほとんど、鴨川のアユがなかった。三条大橋のあたりで長く続いた公共工事の影響で、いつもの漁場にアユがいないという。京都の料理の真髄は川魚料理にある。アユだけでなく、身近な川魚が数多く棲むことのできる川づくりを進めてほしいと願わずにはいられない。冬には鷺知らずと呼ばれるオイカワの一年生が楽しみだ。
さてこの日はというと、夜も川魚を食べに出かけた(調査抜きに行っているので、これはあそびだ)。アユを食べられるお店は、もちろん福岡にもたくさんあるし、京都にももちろん、いくらでもある。けれど、京都産のアユを調理して食べさせてくれるお店は今や数えるほどしかない。しかも、自前で捕ったものを出すところはここ一軒だけだろう。アユの仕事はどれもすばらしく、また生の青たで(これはヤナギタデ)を使った本物のたで酢、たで酢味噌が味わえることもいい。何度食べても飽きることのない味わいだ。アユは川によって風味が異なり、また大きさによって向いている料理もちがう。そういう個性を活かすことも腕のうちだと言える。この日は土曜日だったせいか、大変な盛況で客席が空くことはなかった。
アユを見ればすぐに分かるのだけれど、残念なことにこの日はほとんど、鴨川のアユがなかった。三条大橋のあたりで長く続いた公共工事の影響で、いつもの漁場にアユがいないという。京都の料理の真髄は川魚料理にある。アユだけでなく、身近な川魚が数多く棲むことのできる川づくりを進めてほしいと願わずにはいられない。冬には鷺知らずと呼ばれるオイカワの一年生が楽しみだ。