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琵琶湖の宝石 あめのいお

琵琶湖流域にあめのいお、という魚がいる。琵琶湖固有種のビワマスのことで、今もこの魚をビワマス、あるいはマスではなく、あめのいおと呼ぶ話者がある。
日本列島のマス類、アマゴ、ヤマメ、ビワマスのグループの分類学的整理はいまだに収束していない。ビワマスは遺伝的にも明らかに別系統のものであるし、またその生態的な特異性からも別種とすべきだろう。彼らは琵琶湖の流入河川で産卵する。産まれた子供は5月頃に琵琶湖へと下って、しばらくをそこで過ごす。成長後、秋の大雨を利用して、再び川へとやってくる。こういうところからあめのいお、すなわち雨の魚と呼ばれているわけだ。
現在はこの魚は基本的に琵琶湖の沖合で刺し網やトローリングで漁獲されている。ビワマスが沖合で獲れるようになったのはせいぜいここ60年くらいのことで、それまでは偶然網にかかる程度であったと思われる。したがって、それまでの湖民にとってのビワマスはあくまで浜や川で獲れる、あめのいおでしかなかった。ビワマスは産卵が近付くと、それまで剥がれやすかった鱗が皮下に埋没して剥がれにくくなり、皮は厚くなり、そして体に婚姻色が現れてくる。体は全体に黒っぽくなり、体側にピンク色の不定形の横帯が出てくる。こういうものは沖合で獲れる銀色のものとは異なり、卵や精巣に栄養がとられて脂が落ち、肉が柔らかくなってくる。要するに味が明らかに落ちてくる。彼らは産卵すると死んでひまうので、全身全霊をかけて繁殖に取り組むわけだ。
現在、主として川にのぼってくる10月から11月は禁漁である。だからこういう繁殖を控えたビワマスを食べるということは難しくなっている。ビワマスの繁殖盛期はたいてい11月だが、禁漁明けの12月にもごく少数が川に上がるので、こういうものを獲るか、または別の漁法での混獲個体にその可能性がある。しかし、特に雄の婚姻色個体は現在では市場価値が全くなくなってしまっているので、まず出回ることはない。だから、かつて湖民が食べていたあめのいおの味を知る、ということは、非常に困難になっていると言わざるを得ない。沖合で獲れるものの方がうまいのだから、それでよかろうという声もあるだろう。しかし、熊野のサンマ寿司はやはり、脂の乗った三陸沖のものではなく、脂の枯れ切った枝のようなサンマを使いたい。ビワマスにもこういうことがあるはずである。
さて、幸運なことに、昨年知り合った琵琶湖の漁師駒井さんから、ひうお(アユの子供のこと。氷魚の意)の漁で混獲された、ビワマスの雄を送っていただくことができた。画像をみる限り真っ黒で、鼻も曲がりつつある。網にかからなければ今日にも川へ入っていたかもしれない。この個体を使って、琵琶湖のあめのいおご飯を作ってみることにする。あめのいおご飯はある意味ビワマスの代表的料理であって、琵琶湖の食文化を記録したさまざまな文献に記述があり、また話者も多い。その調理法にも変異がある。そういうわけで、まずは皮のついたまま、生のままで炊き込む方法に取り組んだ。
あめのいおご飯について、頭を入れて炊くと生臭くなるという話がある。これはきっと、サケマス特有の皮下に埋没した鱗と、その隙間に入り込んだヌルヌルの粘液に起因するものだと仮定して、鱗をすき引きにする。肉が柔らかいので難しい。腹の近くはすき引きがほぼできないので、ずばっと切り取って別の料理に使うことにする。すき引きしたら二枚におろして、皮付きの切り身を作る。昆布を水に浸して1時間ほど置き、米は洗ってこちらも1時間ほど浸水させる。米3合に対して、昆布水と、うすくち醤油をカップに4分の1。そこに酒を大さじ2杯加えてちょうど3合分になるようにする(今回は新米なので2.8合分にした)。その上に昆布と、ビワマスの切り身を乗せて、普通に炊飯する。


炊き上がったらすぐさまビワマスと昆布を取り出す。ビワマスの身から骨を丁寧に外し、ご飯に戻してかき混ぜる。あまりかき混ぜすぎないこと。またこのとき白ねぎを少し混ぜておく。これでできあがり。


最後に刻んだしょうがでも加えようかと思っていたが(そういう方法もある)全く杞憂に過ぎず、いやみのある臭いは出なかった。香りは実にすばらしく、肉はふわふわになり食感が楽しい。余計なことを一切しなくても、ご飯全体に広がったビワマスのうまみで満足できる。脂のしっかりついた、万人においしいものではこうはいかない。大きな発見であった。

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