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仙台の雑煮

年が明けて、2020年となった。ハゼのだしと言えば仙台雑煮、と言われるほどに仙台の雑煮は焼きハゼを使うことが有名になっている。焼きハゼをだしとして使う文化はかつては各所にあって、少なくとも仙台、東京湾、博多湾にはこのだしを使った雑煮があった。春の遅くに川を遡り、晩秋には海へ落ちて、産卵して死ぬ(ごく一部の個体は翌年も生き残る)ハゼの姿は、人々にとってアユと同じく象徴的に映ったものだろう。もっとも、とても良いだしが取れるという実利の部分の方が大きかったのかもしれない。
さて、仙台の雑煮のハゼ、実は仙台に広く一般的なものではなく、従来仙台湾、松島湾の限られた地域に伝統的であったものではないかと想像している。これは博多のハゼだしの雑煮と同じで、大きな落ちハゼを入手できる地域が限られているからだ。実際、調べていくと仙台には野鳥を使っただしの雑煮が古くからあったようで、山手の方では状況が違っていたと思われる。今は鶏だし(鶏ガラスープ)やかつおだし、またその合わせが主流である。昆布、干し椎茸も入る。しかし、ここはハゼの雑煮を作りたい。焼きハゼのどーんと入った雑煮は衝撃的なものだ(ただし、焼きハゼを椀に入れるようになったのは比較的最近だそう)。
昨年に博多のハゼだしの雑煮に感動し、次はこの仙台の雑煮をと願っていた。材料となる大きなマハゼは、11月にとっておき焼きハゼとした。見た目も重要なので、鱗を落としてエラのところから箸を入れて、内臓をつぼ抜き(お腹を切らないで抜く)し、竹串を打ってヒレを広げてじっくり焼く。焼いたものを1日風にさらして、それから新聞に載せて冷蔵庫に入れておく。そうするといい焼きハゼになる。
ほかにも、福岡に住まう私にとって、仙台の雑煮には入手が難しい食材が色々出てくる。そういうものをなんとか揃えて、雑煮作りとなる。
まずは下準備。いつも通り3人前作る。ハゼはさっとすすいでから3カップの水に3本を浸し、昆布も10センチくらい加えて一晩置く。にんじん、大根、ごぼうを6センチくらいに切ったあと千切りして、さっと湯通ししたものを冷凍する(戸外に放置してもいいらしいが、福岡では気温が高くて難しい)。これはひきなと呼ばれるもので、雑煮には欠かせない。高野豆腐は水で戻して、これも細く切る。1個まるごとでは多いかもしれないので、半分でいい。あとはからとり。これはいわゆるずいき(里芋の茎)のこと。この干したものを水戻ししてから湯に通して、半分に割いてこれまた6センチくらいに切る。2本もあれば十分だ。福岡ではなかなか入手が難しい。生のものは夏場、よく売られているのに。これですべての下準備が終わる。
ハゼを浸した汁に2カップの水を加えて、弱火で加熱する。沸騰前に昆布と椎茸を取り出し、あとは少しだけ出てくるアクをとってそのまま5分ほど加熱する。ハゼを崩れないように取り出したら、煮立ててから解凍して絞ったひきなと、絞ったからとり、高野豆腐を加えて、濃口醤油を大さじ1、塩を小さじ2分の1、酒を大さじ1加える。塩で好みを加減する。器に焼いた角もち、茹で上がったひきなたちを盛り、汁を加えて、取り出しておいたハゼを盛り付ける。最後にセリと、イクラの醤油漬けをたっぷりと乗せる。


セリといくらという組み合わせは、いかにも東北を思わせるもの。ひきなも、高野豆腐も、からとりも、すべてがだしを吸いやすくなっているので染み渡っただしのうまさが際立って口のなかに入ってくる。焼きハゼ、いくら、セリはすべてが水辺の産物であり、健全な水辺の生物多様性がてんこ盛りだ。仙台湾、松島湾でのハゼの漁獲、そして焼きハゼの生産は年々縮小しており、ハゼでのだしの取り方が分からない方が増えているとも聞く。ハゼのだしを誰もが楽しめるような、豊かな水辺を残していかなければならない。

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