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はやずしを作る

なれずしも色々な種類があり、麹をスターターに利用するかぶらずしもまた、最終的には乳酸発酵に切り替わっていくので広義のなれずしと言える。すなわち、なんらかの炭水化物と魚、あるいはそこに加えて野菜とを乳酸発酵させたものがなれずしということになるだろう。いずしだって広義にはなれずしである。
スターターに麹を使うすしは、いずれも程よい甘みがあって、マイルドで食べやすいものだ。かぶらずしでは麹をわかして、甘酒状態にしてから仕込むから酸味のある甘酒漬けのようになる。琵琶湖にも、麹をスターターとして利用するすしがある。こうじずしやこけらずしがそれで、こけらずしは麹を使ったすしとしては強く馴れている。ところが、このようなすしが見られるのは県の北東部までで、おおかたの地域に分布するのは麹を使わない、うるち米と魚との乳酸発酵によるすしだ。
このなれずしには、大きく分けて2通りのものがある。すなわち、ふなずしのように長期の貯蔵を経るものと、ちんまずし、めずしのように、ごく短期間の乳酸発酵によって作り上げるもので、後者のことははやずし(はやくできるすし)とも呼ぶ。また琵琶湖では魚種の名前を冠してはすずし、ひがいずし、などとも呼称する。
ふなずしについては近年、内外をビニール袋で密閉する、においのあまり外に出ない製造法が広く用いられるようになり、その作り方はふなずし講習会で習うことができるほか、さまざまの媒体に作り方が掲載されている。ところが、はやずしに関する文献は多くはない。もっとも、レシピとして整える必要のあまりないものかもしれないとも思われる。魚の重量、塩の重量、米の量が重要で、あとは細かく書く必要がない。乳酸発酵のすしは材料の機嫌、天気の加減に大きく左右されるものだから、通りいっぺんの作り方、ではなく、あくまで方法論を体感的に身につけるべきものだろう。しかし、文献がないのでは、普通の人には身につける機会すら巡ってこない。私は当初「作ってみよう滋賀の味」を参照したけれど、分量もなにも、ほとんど参考にはならなかった。参考になったのは琵琶湖の湖畔で聞き取った話や、沖島で見たはすずしを洗う光景、そして、自分のきっ食経験である。
まずは魚を獲ることが重要だ。はやずしに使う魚は、少なくともすし漬けする2ヶ月前には確保しておきたい。おそらくうまくやれば1ヶ月でもできると思うが、塩漬け期間が短ければ短いほど失敗に至りやすいと思っていい。獲れた魚は、できるだけ早く塩漬けする。今回はビワヒガイ、オイカワ、カマツカ、ワタカ、ハスといった、さまざまな小魚を用意した。この中には、もともと琵琶湖の固有、準固有種、亜種であったものが、ここ福岡に移入、定着してしまったものがある。そもそも、私が今回はやずしを作ろうと思った理由は、これらの魚種を使ったはやずしの購入が概して難しいことにある(不可能ではない)。買えないものは自分で作るよりほかない。
魚はすべて鱗をとる。オイカワ、ビワヒガイ、カマツカといった小魚については頭ごと背割りし、内臓をあらかた取り去る。できるだけ、傷つけないようにとること。血は多少ついてもよい。大きめのハスやワタカについては、背割りせずに頭を落として、腹を割かずに頭を落とした断面から内臓を抜き取る。実際には、頭を落とすときに一緒に抜き取るとよい。
下処理が終わったら汚れをある程度すすいで、重さを計る。今回は1キロあったので、ボールに魚を入れたら等量の塩を加え、全体にまぶしたのち、腹を割っていないワタカ、ハスについては腹の中に塩を固めに詰めておく。適当なビニール袋にすべての魚と塩を入れ、できるだけ空気を抜いて、しかし完全には抜きすぎないで口を縛り、漬け物桶に入れて上から2.5キロの重石をかけておく。ふたをして、桶全体を袋がけし、これで3ヶ月弱外の日陰に放置する。魚の塩漬けは重石が必須で、これをかけないと体の中までしっかり塩が入らない。袋に入れて重石をかけると、魚全体に重さがかかりやすい。もちろん、できるだけ平らかにしておく。ここまでの工程を塩切りと呼ぶ。
塩切りした魚のふたを開け、においを嗅いでみて、腐敗的な香りがないことを確認する。この時点で腐敗臭が混じるということは、すなわち塩切りがうまくいっていない証拠なので、これを使ってはいけない。ふたを開けるとあまり刺激的なにおいはなくて、魚の脂が酸化してきたにおいと、なれずしにある魚臭とがいくらかするはずである。うまくいっていたら鮨漬けの工程になる。このはやずしは梅雨になって、十分蒸し暑くなってから作り出す。最低気温が20度を下回らない日が続いているようなら、すでに適期に達している。うるち米3合を普通に研いで30分浸水させ、普通の水の量で炊飯する。炊き上がったらかき混ぜて、炊飯器のふたを開けてはラップないしはふきんをかけて、常温まで冷ましておく。塩切りしてあった魚は桶ともどもよく水洗いする。魚の腹に詰まっている塩の塊をよくよく洗い流し、先に取り残してあるエラや内臓の一部などを取り除いて、キッチンペーパーである程度水気をとったら頭を下にしてざるに乗せて水気を落としておく。数時間もおけばよい。目はとってもとらなくてもよい。飯が十分冷めたら、手水に酒を半合ばかり用意して、両手にビニール手袋をはめる。まずは1合程度を手水をつけては手に取り、つけ物桶に薄く、まんべんなく、押さえながら敷き詰めていく。つづいて、魚にも飯を詰める。背割りした小魚には手で少し握った飯を挟み込む。量は適当で、あまり多くなくてよい。飯を挟むと多少太った魚になる。腹を割いていない大きなものについては、腹の中へ飯をぎゅうぎゅう、はち切れない程度に中の空気を押し出すような気持ちで詰め込む。これらをできるだけ重ならないようにして桶に敷き詰めたら、今度は余りの米を魚が隠れるように薄く、しかしできるだけ平坦になるように押し詰めていく。米を詰め終えたら余った手水をまんべんなく撒き、内ぶたを乗せ、そこへ5.5キロの重石をかける。ふたをして、袋がけし、外に置いて丸一日がまんする。
一日経ったらふたを開けて、中の状態を確認する。状況がよければ、すでに若干水気が出てきていて、傾けると水気があるのがわかるはずである。また、ここではほとんど目立ったにおいはなく、まだ新鮮な飯のにおいが残っている中にわずかの酸味を感じられるはずだ。水気が出ていなければ、少しだけ湯冷ましの水にわずかの塩を加えたもの(5‰程度)を加えて、飯よりも5ミリ程度上まで水位をあげてやる。漬物石を押してみて、白濁が飯の下から染み出してくるようならまずうまくいっている。ここにさらに2.5キロの重石を追加してふたをし、2週間程度室外の日陰に放置する。
漬けあがりの日になったら、袋から出してふたを開ける。漬物桶の壁面にわずかに黒カビが出ることがあるけれど、すしの品質には影響がない。液体の表面が、白っぽいもやもやに覆われていたら大成功だ。


桶の中からは、酸っぱいにおい、たくあんの古漬けのようなにおい、場合によってはもう少しいけないにおいがするかもしれない。袋がうまく密閉できていないと、コバエがいることがあるがphが低い汁の中には湧かない。もし漬物石についていたら先に取り除いて、逆押しして水を抜く。具体的には、漬物桶よりも直径の大きな鍋やたらいに、真ん中に段になるようにボールやれんがなどを置き、その上に逆さまにした漬物桶を乗せる。30分ほど逆押ししたらまた表に返し、取り出す。取り出したはやずしはラップに包んで冷蔵しておけば、10日から2週間程度は食べられる。ふつうのふなずしと同じで、そのまま切って食べたり、茶漬けにしたりして食う。


大きめのハスとワタカについては、まだまだ骨が固かった。桶に米を2合炊いて加えて、再び重石をかけておく。だいたい1月もすれば柔らかくなるだろう。一度うまくいった桶での漬け直しはまず失敗することがなく、安心だ。
なれずし作りでもっとも注意しなければならないのはボツリヌス菌である。腐敗程度なら少しお腹を下す程度で済むかもしれないが、この菌だけはそういうわけにはいかない。私はボツリヌス菌による中毒を避けるために、以下のことに注意している。
まず、魚の内臓をできるだけ入れないこと。彼らは嫌気状態にある土壌や水底の泥中にいるので、魚の新鮮な胃内容物には含まれている可能性がないとは言い切れない。塩漬けするときには、少しだけ空気を入れて塩漬けすること。草の根など、新しい土のついていそうなものを加えないこと。すし漬けするときには、はじめから空気をシャットアウトしないで、酸が下がりはじめてから密閉するようにすること。具体的には、はじめから水張りせずに、水張りする場合にも乳酸発酵がすすんでいることが確認できてから行うこと。このようにして何重にも気を付けていれば、まず中毒することはありえない。たでや山椒などを切り込む場合には、よく洗ってから水気をよく乾かして使うようにする。

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