私が初めて経験した東南アジア滞在がインドネシア、アンボン島だったことは一生忘れることがないだろう。当時、アンボン島はキリスト教徒とイスラム教徒による複数回に及ぶ激しい内紛によって疲弊しており、もともと前者の影響の強かったこの島では毎日アザーンが大音量で流れていた。
アンボン島では政情不安も作用してインフラが万全ではなく、市街の中心部や空港、自己電源をもつ一部の施設を除いて計画停電という名の非計画停電体制が敷かれており、1日のうちに電気が通るのは1から数時間ほど。当然冷蔵庫は使えないし、夜はろうそくだ。水道から水もほとんどでないため、宿舎の水溜の蛇口を全開にして、日中出掛けて戻ってくると20から30リットルほどの茶色い水が溜まる。これを洗濯やトイレの水洗に使用した。
さて、そんな生活の中での楽しみと言えば当然食事となる。朝、昼、晩と、パンとかゆを除けばすべてが激辛な現地での料理には閉口するしかなかったが、味わいは実にさまざまであった。そんな中で定番的に出されたのがアンボン煮である。アンボン煮という名前が現地にあるわけではなく、現地名はイカン・ゴレン(魚の揚げ/炒め物)でしかない。しかしこのイカン・ゴレンにも多様性があるのであって、我々が食べていたものはアンボン煮と呼ぶに相応しいものであった。なおこの呼び名はオランダ煮を意識したものである。アンボン島はかつて、オランダに植民支配されていた。
さて、このアンボン煮を久しぶりに作る機会があったので、記録として書き残しておきたい。アンボン煮に適した魚はまずは青魚。ムロアジ類やメアジ、あるいはマグロやカツオも向いているが、脂気の少ないものがよい。そのほか、キツネウオなど、要するにたくさん採れる安い魚が使われる。相性としてはメアジがもっともよい。なお、現地では氷で冷やさずに鮮度が劣化した魚が使われており、これはまさに現地流の味となるわけだが、普通は鮮度のある程度良いものを使った方がよい。
鱗を粗方落としたら頭を落として、魚を幅3から4センチ程度に筒切りする。内臓は傷んでいたら取り去る。水気をよく拭き取ったら浸るくらいの油に放り込んで、160度くらいで15分ほどかけて素揚げする。触りすぎるとボロボロになるので、最低限裏表をひっくり返す。これを油から取り上げたら、人肌程度になるまで冷ます。冷めたら再び油の中に入れて、また10分ほど揚げる。これは本来炒めるようにして少ない油で揚げるものだが、これでいい。今回はクサヤムロを4匹、キツネウオを2匹使った。
大きめの深いフライパン、なければ鍋に先の揚げ油を大さじ3杯加えて、ここに唐辛子3本、にんにくひとかけ、しょうがひとかけの粗いみじん切り、そして生のレモングラスの茎の下の方の太いところ、これを1本細かく刻んで加え弱火で加熱する。加熱すると唐辛子の辛みが立ち上ってきてむせる。頃合いになったら玉ねぎの細いくし切りを炒め、ここにカットトマト缶を1缶まるごと加えて、さらにナンプラーを25cc、次いで水1.5カップを加えて、甘い醤油、例えばフンドーキンのさしみ醤油のようなものを小さじ1杯加える(これはいわゆるケチャップマニスの代用である)。黒砂糖を小さじに2杯。ライムを4分の1搾る。余っているレモングラスの葉を長さ10センチほどに切って加え、3分ばかり中火で煮る。ここに揚げておいた魚を加えて、汁を絡めながら5分ほど煮る。要するにこれは揚げ煮なのであって、まさしくオランダ煮のインドネシア東部版なのだ。
インドネシアでは島ごとに味付けの地域性がみられるように思っていて、このアンボンではとにかくトマトを多用する。そして辛さは他の島に比べて相当上である。
このアンボン煮にはサンバルというインドネシアの辛い調味料を使う方法もある。この場合、黒砂糖と唐辛子の量を半分に減らして、サンバルを加えればよい。少しの量にしておけばマニス(甘口)になるし、たくさん入れればペダス(辛口)となる。