広大な汽水域のもたらすめぐみは大きく、またそれを失ったときの喪失は計り知れない。海の魚に比べて入手の容易だったボラはデルタ地帯のひとびとにとって重要な川のめぐみだった。
過日の濃尾平野において、大勢のひとの集まるときには、かきまわし、またはかきましという炊き込みご飯が作られていた。かきまわしに入るのはたいていかしわの肉(鶏肉)だが、これをコイで作ることも地域によってはあった。ときにコイ飯、コイごはんと呼ばれるものである。これが海へ近づくとボラに変わる。その地域的呼び名がボラ雑炊である。ボラ雑炊は「最近はよりやぁ(寄り合い)がないし、ボラもおらんもんだでたべれぇせん」というように、大勢の集まりに限って作られる。なにせ、一度に大量にできてしまうものだから、年寄り二人暮らしでは手に余りすぎる。これは、ボラを丸ごと炊き込んで作らないと不味い、という思い込みのせいだと思う。思えば私も、少量のボラ雑炊というものを作ってみたことがないから、思い立って試作してみる。
ボラは鱗を落としてから二枚におろして、骨付きの側を使う。腹のところをよく洗って、黒い皮をできるだけ取る。大きなボラならだいたい半分くらいに切って、300グラム。これに皮側から1、2と切れ込みを入れておく。内臓には砂嚢(へそ)があるから、これを取り出してまわりの臓器を取り除き、縦に半分に割る。中をきれいに濯いだら各三等分、要するに、へそ全体を六等分にくし切りにする。
ごはん二合半をといで、30分待つ。ここに濃口醤油(甘くないもの)を35cc、さらに水を加えてちょうど二合半の目盛りにくるようにする。ニンジン約半分を細切りしたもの、あげ1枚を細切りしたもの、小口切りしたねぎ1本を加えて、その上にボラの切り身とへそを乗せる。酒15ccを振りかけて、早炊きで30分で炊きあげる。
炊き上がったらボラの切り身を取り出し、皮をとって手早く身と骨とに分け、身を釜に戻してかき混ぜる。米の粒を潰さないように、掻くように混ぜる。味をみて薄ければ塩を少し振る。
二枚にして切れ目を入れれば少量を炊飯器でもできるのだ。ボラが臭いときには、下茹でしてから炊き込んだり、刻んだしょうがを加えたりもする。また炊きはじめに蓋をしないで炊いた方が、要するに鍋で炊いた方がにおいが飛んでいく。しかし臭いものはやっぱり臭い。くさいボラは脂がにおうのだ。
私は寒に入って脂の真っ白にさしたものよりも、晩夏の脂が入り始めたくらいのものの方がうまいと思う。少しパサつくくらい。