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筑後川のナマズご飯

 ナマズご飯というものがある。聞き書全集にも出てくるが、どのような料理であるか、ということが分かるかというと、解像度のきわめて低いものだ。この料理は少なくとも筑後川の久留米から田主丸にかけての範囲で冬場に作られていたもので、しかし今は誰ひとりとして作っていないものだ。ごく簡単に書くと、焼き干したナマズの炊き込みご飯である。かつて、秋から冬にかけて捕れる川魚は冬の間の蓄えになっていた。私が聞いた話者によれば、いま、作らなくなってしまった川魚の料理のなかで、唯一今でも食べたいと思う料理だというから、これを作ってみないわけにはいかない。幸運にも松本鮮魚さんからナマズを1匹、分けていただいたので、これを使ってのナマズご飯とした。このナマズがあまりに大きく、話者から聞いたとおりの方法では家庭ではとてもできそうにない。したがって、少々手を加えた方法にしてみたのでそれを書いておく。なお、この料理は晩秋から冬にかけてやるもので、夏場の暑い時期のものを使ってもきっと同じ味にはならない。

まずはナマズの頭を棍棒で何度か叩いて、動かなくする。からだ全体にあら塩をふたつかみほどまぶして、金たわしでよくよく擦る。塩が足りなければ途中で足して、からだの表面の色が淡くなるまでとにかく擦る。擦ったナマズを水で流し、背から開いて内臓を取る。このままでは大きすぎてとてもコンロに入らないから、頭の部分は包丁で割り(これがとても大変だけれど割らないとしょうがない。包丁をあてて、とんかちで割ると楽。)、二枚おろしにして、さらにそれをまた半分に切る。これでナマズが四等分になる。


尾の方は他の料理に使うとして、頭のほう。エラはそのままつけておいて、これを魚焼きグリルに入れて焼く。ところが、ナマズは頭が妙な形をしているから、そのまま焼いてもうまく火が回らない。エラブタを開いて中に折った割り箸でつっかえ棒をして半開きにしておいて、それから焼き始める。とにかく生焼けにする必要があるので、強火でヒレの先が焦げるのも構わないで焼き、7割がた火の通ったところで止める。これはどれくらいかというと、火からおろしてまだ血が滲み、ところどころに肉の桃色が残るけれども、一応エラはだいたい赤黒くなっているし皮には火が通っているという状態で、今回の大きなナマズ(60センチ弱)で25分ほどかかった。魚焼きグリルの性能によっても多少変わるだろう。本来丸のまま腹だけを出してやるものだから、肉の側を焼きすぎないように留意する。皮7、肉3くらいのイメージで焼くといい(我が家は片面焼きグリル)。


そうしてまだ血がほんの少し、垂れそうなナマズを陰干しする。エラの開いたところに紐や串を通して吊り下げるのがいい。私はここに竹串を通してから、竹串の両端をピンチハンガーの洗濯ばさみで挟んで干してみた。これで様子を見ながら、また虫がつかないよう気をつけながら丸3日ほど干す。まだ肉は柔らかいのでそのまま屋外に干しておいてもいいし(雨の日は家に入れる)、あるいは新聞にくるんで冷蔵庫に入れておいてもいい。そうしてナマズがカチカチになるまで待つ。だいたい10日から2週間ほどで硬くなる。これでようやく干しナマズが完成する。

干しナマズが完成したら、いよいよナマズご飯の準備だ。干しナマズひとつ(とは言っても今回は前半身のみ)で3から5合分の炊き込みご飯になるけれども、もちろん米は少ないほうがうまい。干しナマズはつけっぱなしだったエラをハサミで切り取ってから、熱湯をかけて表面を洗う。その後はハサミで水に入れてしばらく戻す。本当は半日ほどかけて戻すところを今回は面倒なので20分だけ戻した。米三合をよく研いで、水を2.8合分。ここに醤油(ニビシのうまくち醤油)を大さじ3杯と、酒大さじ1杯を加えたら、干しナマズを上に乗せて、炊き込みご飯モードで45分かけて炊く。炊き上がったらナマズを取り出し、身をほぐしてまた戻す。ただし、今回は干しナマズの水戻しが短かったために、肉が硬すぎた。したがって、ほぐした肉を小鍋に入れて、水1カップを加えて強火で炊き、煮汁がなくなったところで飯の中に混ぜることにした。これでようやくナマズご飯の完成だ。


ナマズから出たうま味がごはんに染み付いていて、またこの干し肉もおいしい。干しているうちにわずかにあったにおいもなくなったようだ。この干魚で気を付けたいのは、きちんとカラカラになるまで干すこと。でないと生臭さがいつまでも残ることがある。

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