いくらは鮭の子だが、腹から取り出したらすぐにあの姿になるわけではない、ということを知ったのはおそらく中学生か高校生の頃だ。そもそも私はいくらというものが子供の頃苦手で、上寿司を食べてもいくらは残す、という風な具合であった。いくらのうまさに気がついたのは、たぶん高校生になってからだと思う。北海道で食べた醤油漬け(当時は醤油漬けだと分かっていなかった)がことのほかおいしくて、はじめて自分でばら子(いくら)を作ったのが2014年だ。いくらは筋子をばらしてできるもので、その作業には手がかかる。
さて福岡にいてはほとんど筋子に出会うことがない。そもそも、福岡では「魚卵コーナー」そのものがとても狭いし、ないといってもいい。あれだけ明太子を食べるのに、スケ子(これは生のものを言っている)なんてぜんぜん売られていない。筋子を買うなら、まずデパ地下。でもデパ地下でも必ずしもいいものがあるわけではない。しかも割高である。まして近年は鮭そのものが不漁傾向にあって、筋子全体の値段も上がっていてひと腹でびっくりするような値がついている。そうなってくるともはやただの趣味として筋子を買い求める気持ちは全く萎えてしまう。
昨年から少し鮭がとれだして、今年はまた安くなっている。それでもスーパーで100グラム醤油漬けのいくらを買おうものなら1500円くらいになる。しかも、買ってみたところで好みの味とは限らない。そうなるとやはり自分で味付けした方がいい。今年はかるかりふぁーさんからメスの沖どれの鮭を1本、送ってもらったので、腹を割るところからの筋子の処理だ。忙しくて、それどころではないのにワクワクする。
生の鮭を触ったことのあるひとがどれほどいるか知らないけれど、実は鮭というのは体表がとてもぬるぬるしている。これが厄介なので、まずはしっかり体表を洗って、場合によってはたわしを使っても構わないが、ぬめりをあらかた落としておく。肉の方を食べる時に、鱗が気になるなら鱗も落とす。筋子は、とにかく1粒でも潰さないように取り出したい。腹を上に、頭を向こう側にして、包丁の先を肛門のところにあて、そこから腹皮を押し上げるようにして割いていくと筋子に傷がつかない。胸のところまでちゃんと切り開いて、慎重に取り出す。今回は両側で500グラムほど。だいたい左右で大きさが少しちがっている。
取り出したらいよいよ筋子の処理に入る。まずは鍋に湯を沸かしておいて、沸いたらボールに入れた筋子に塩をどかっと振る。数分待って、ここにたっぷりつかるくらいの熱湯を注ぐ。注ぐとなんとなく粒が白くなるが慌ててはいけない。15秒こらえて、それからゆるやかに攪拌しつつ冷水(水道水でいい)を足して、最終的には水道水と同じ温度までさましていく。15秒こらえるのは、その後の処理を楽にするためだ。筋子に覆っている膜は、湯にあたったことでいくらか縮み上がって白くなっている。これを少しずつ取り除いていくのだけれど、湯にあたる程度が中途半端だとその部分の膜はとりにくくなる。湯にあてすぎてもいくらそのものの皮が硬くなるので考えものだが、かといって焦りすぎもよくないというのが今の私の考えだ。焦って半端なことをするくらいなら、湯を使わずに生のままばら子にした方がいいと思う。話を元に戻すと、その膜の除去だ。特に最初、大きな膜のパーツを、いくらを脱がせるがごとく指使いでまとめて取り除いたら、その後どんどんと細かい膜を取り除く。無理に引っ張らないで、とにかく脱がせるようにする。作業をすると水が濁ってくるので、ときどき水を変える。ただその水には少しだけ塩を加える。根気が大事な作業になる。
こんな処理の前に、よく考えたら先に漬け地を準備しておいた方がいい。漬け地は好みの味にすればいいけれど、かつおぶしの出汁をひいて、ここにみりんと、好きな醤油とで汁を作りさましておく。出汁が多すぎるとすぐに傷むので、割合は考え方次第だろう。私はだいたい10日程度で食べきるつもりで汁を作っている。
筋子の膜を取り終えたらざるにあけて水を切り、タッパーに入れたら漬け地をいくらが完全に隠れるまで注ぐ。それで2日ばかりしたら食べ頃だ。日に日に味が少しずつ変わるのも楽しみのひとつ。