スキップしてメイン コンテンツに移動

冬瓜と小豆と鯨

いよいよ寒くなってきた。今年は夏の暑さを長く引きずり、秋になってもなかなか気温が落ちなかった。12月の半ばに至ってようやくまともな寒気が来て、福岡でも雪が降った。

冬至に食べるものは地域や世代によってちがっていて、一般にはかぼちゃ(南瓜)を食べるらしいけれど、我が家では冬瓜を食べることが多かった。沖縄では冬瓜のことをシブイ呼んで、やはり冬至に汁にして食べることが多い。その他、小豆のジューシー、またここに冬瓜を加えたジューシーも冬至の食べ物だ。内地でも冬至に小豆粥を食べる地域がある。

そういうわけで夏に買っておいた冬瓜と、小豆を炊いて食べることにした。まずは小豆。さっと洗って水から強火で炊いて、沸騰したら2、3分ののちに湯を切る。冬瓜は切ったら中のたねのところをしっかりくり抜き、適当に厚めに切ってみて皮をとり(表面を薄く削ぐ程度で構わない。好みの問題)、おおよそ3センチ四方くらいに切る。鍋に被るくらいの水と入れて、沸騰したらすぐに湯から上げる。たまたま入手したツチクジラの生皮は、しっかり火が通るくらいに湯がいて、食べやすい大きさに切る。

鍋に水、小豆を入れて、このあとに冬瓜が入るから水はかなり多くてかまわないが、強火で沸かして沸いたら中弱火にして15分ほど煮る。ここにツチクジラと、かつおだし、濃口醤油、酒、みりん(醤油と酒とみりんは2対1対1とした)も加えて薄味の汁とし、また10分ばかり煮る。湯を通しておいた冬瓜と、薄切りのしょうがも少しだけ加えて、落し蓋をかけて10分ほど弱火で煮る。味を見て、薄ければ醤油で調整する。皿に盛ってからゆずで香り付けする。


これをいくらか余らせて、翌朝にジューシーにしたらたいへんすばらしかった。ジューシーはどろどろの白粥のように炊くのではなくて、茶粥の要領で、ぼこぼこと芯を残すようにして炊くのがいい。余らせた汁の中にさっと洗った米を加えて、中火にかけると沸騰して表面にブクブクが溜まってくるからこれを2、3回掬う。そのまま中火を維持して炊き、とろみが出てきたら焦げ付かないように火を少し弱めて、また最後は弱火にして好みの固さに調整する。気弱にずっと弱火で炊いたらどろどろになってしまう。シブイとアカマミのジューシー、今年食べたジューシーの中でもピカイチのうまさだった。



このブログの人気の投稿

カワムツを食べる

カワムツという魚がいる。海のムツではなく、川のムツ。ムツというのは古語である。海のムツといえば今や高級魚の末席にあるような魚だけれど、カワムツはどうだろう。昔持っていた釣魚図鑑には不味と書いてあったし、そのほかの文献を読んでみてもオイカワより味は劣る、とか、とにかく比較的評判が悪いことが多い。私は幼少の頃からオイカワのおいしさを知っていたものの、カワムツについてはこうした事情からかなり最近まで食べる機会を逸していた。そもそも、カワムツはオイカワに比べると川の上流側、淵のような深いところにいることが多くて、私の主な活動範囲である平野部の浅い水路にはなかなか出てこない。少なくとも愛知県ではそうだった。 西日本で一般に川の小魚と言えばオイカワになると思うのだけれど、山手に進むとカワムツに変わる。たしかに、ここ九州でもカワムツはオイカワよりもより上流まで分布している。ヤマソバヤという呼び名は山にいるはやという意味をもつ。この山のハヤがひとびとにとっての重要なタンパク源であったことは疑う余地をもたない。その割に文献資料に欠けるので、やっぱり自分の足で昔の記憶を尋ねて歩く必要があるし、単にハヤとされている資料ではそれがカワムツであったのかオイカワか、またウグイやその他かということが分からない(文脈で分かることもある)。 さてそのカワムツを食べたくて、水辺に出掛けては黒々と群れをなしているところに突っ込んで、大小を取り合わせて持ち帰る。この時期は暑さですぐに肉が痛んでしまうから、よく冷やして持ち帰る。川のハヤは焼いたり揚げたりして食べる分には鱗をとる必要がない。大きなものは腹の中央あたりに包丁の切っ先で小さな切れ目を作り、そこから絞るようにして内蔵を押し出す。口からまっすぐではなく、少し尾がせり上がるようにして串を打つ。すなわち、串の先端は内臓の空洞を通って、臀びれの末端あたりから出す。平たい串を使えばこれでも魚が回ることはない。普通の塩焼きに比べたらかなり多い量の塩を振って、"塩だまり"ができるようなかたちで、手で塗りたくるようにして全身に回す。これをうまく焼き上げたら塩焼きとなる。家庭用の魚焼きグリルでも問題なくできる。はじめは強火で表面の水分を飛ばし、あとは弱火にして25分ほどかけて焼き上げる。焦がしすぎてはいけない。中まで焼けているかどうかという...

魚滋会2025琵琶湖再び編

 去る5月10日から、魚滋会で琵琶湖にいた。個人的に調べておきたいことがあり、その前から滋賀県には出入りしていたのだけれど、始まりは10日、長浜駅から。魚滋会と 名をつける前、最初に開催したのが琵琶湖で、その時にもいた方も数名参加した。 前回の時には、沖島に行って、まだ春の魚たちが盛りになる前の時期を楽しんだ。琵琶湖には四季折々の楽しみがあるから、次は別の時期にやりましょうと話していたものの、その後の急速なパンデミックは島での開催可能性を閉ざしてしまった。改めて今年であれば、沖島に再び行くこと選択肢にはあった。ただし、前回と今回の大きく異なるのは自炊という要素のウェートで、そもそも初回は1泊で、自炊要素はゼロだった。 私も、それなりに琵琶湖に長く付き合っているので、どの地域に、どういう尺度の、どういう楽しみがあるかはある程度把握している。新しい人たちの思い思いの動きもある。ただ、魚滋会を企画したコンセプトに立ち返ったとき、やはり地域にもともとある料理の魅力をフラットに再確認する、という点が重視されるので、あまりきをてらうような選択はしないで、むしろ地域にとっては伝統的と思われているものを選んだ。 今はちょうど、琵琶湖の春の盛りから、夏へと切り替わるタイミングにあたる。湖畔を見渡すと水の入った田がまだ完全には面をなしておらず、ところどころに歯抜けがみられる。本来、琵琶湖に近いエリアの田植えはゴールデンウィーク中には済ませるのが通例だったが、次第に遅くなっている。麦作をするところが増えたこともその一因だと思う。開催前日にまとまった降雨があり、水位が上がったことで宿泊地の近くでもフナやドジョウの産卵をみることができた。このような魚について、味の点で言えば最盛期からは落ちる。それでも、その変化にこそ淡水魚の四季がある。 2日目には湖北海津の漁業者、宮崎さんと田村さんに協力を仰いで、たくさんの湖魚をへとへとになるまで料理して食べた。7時半から食べ始めたのに、ようやく寝られたのは2時過ぎだった。

若あゆで背ごし

ついに福岡にも梅雨本番がやってきた。今年は異常豪雨がないことを願うばかりだ。 さて、魚の背ごしという料理がある。背ごしとは魚を背骨のついたまま、薄い筒切りに仕立てるもの。背ごしになる魚は実は色々いて、ローカルではアジ、イワシ、タチウオ、カマス、エソ、カワハギ、ウマヅラハギ、ヒラメ、フナ、ヤマメといった魚の背ごしを聞き及んでいる。エソの背ごしは茶漬けにすると良いらしい。この料理にとってもっとも重要なのは鮮度で、一般に刺身にするものよりも新鮮なものでなければならない。特にエソについては死ぬとすぐに肉が柔らかくなり、臭いが出てくるから、とりたてのものでないといけないという。尾鷲の漁師はタチウオの背ごしが好物で、定置の水揚げ場でもときたまおやつ代わりの背ごしを作っているひとがいる。 昨日は定番のアユの背ごしを食べた。背ごしは生食なので、天然のものの場合横川吸虫のリスクがある。横川吸虫については多くが無症状、あっても下痢などの症状が出るくらいなので私は気にせず食べているが、ふつうは養殖のものを使った方が安全だ。ただし、背ごしに向いているのはやや小振りな50グラム程度の若あゆである。 アユは鱗を落としてから頭と、腹を縦に割いてハラワタをとる。頭は煮ても焼いても食べられるし、ワタはうるかにでもしたらいい。ボールに氷水を作り、この中で腹の黒い膜や残った内臓、背骨の裏側にある血を指で優しくこすり落とす。 背鰭を根元から切り取ったら、頭の側から幅2ミリから4ミリ程度で筒切りにしていく。厚い方が私は好きだ。私の場合、臀鰭のつけ根あたりまでを使い、そこから後ろは背ごしにはしないで、別の料理に使うが、最後まで背ごしにしてもいい。 ボールに氷水を作り、そこに塩を加えてアユの肉をさらす。塩気は10‰くらいがよい。10分したらザルにあけ、塩気のない氷水に放ってから再びザルにあけ、キッチンペーパーで水気をとる。これを皿に盛ればできあがり。全く簡単な料理だ。 好きならそのまま食べてもうまいし、たで酢や柑橘酢、ポン酢もいい。酢味噌はもちろん、甘みを加えた赤味噌につけて食べるのも悪くない。また薬味となるミョウガや刻んだ大葉、たまねぎ、きゅうり、ハスイモなどと食べるのもいい。暑い時期に飽きの来ない食べ物だ。