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タナカゲンゲと格闘

タナカゲンゲという魚がいる。大きくて、でろんとした魚で、日本海やオホーツク海にいる北の魚だ。地域によってばばあとか、こんきゅうなどと呼ばれている。


これ以外の地域ではまずお目にかかることはないし、大きい魚ながら、分布域にあっても食用となっている地域と、そうでないところがある。さてこの魚を、ツイッター経由でお恵みいただくことができた。体表にはかなりぬめりがあるので、たわしでよく擦ってぬめりを落とす。3枚におろして、アラの部分と肉の一部はかつお昆布だしの鍋にしてみた。本体からは少しだけだしが取れるものの、強くはないから何かで補う必要がある。肉は火を加えてもしまらず、食感はほとんど茶碗蒸しのようだ。


このほか、刺身や昆布締め、空揚げにしてみるも、いずれもあまりうまくはない。いろいろと試した末に、結局のところ鍋一択の魚かと思っていた。それが、3日ほどかけて長く昆布締めにして、昆布ごと冷凍しておいたものが出てくる。もしやと思って、これを炊いて食べてみることにした。
昆布締めの身は適当な大きさでそぎ切りにする。身を包んでいた昆布は適当な大きさに切って熱湯をかけて洗い、水から火にかけて沸騰させる。水は最低限の量、つまりは具材がすべて水をかぶる程度の量に抑える。ここにあく抜きした真竹と、タナカゲンゲを加えて、強火で火を通す。火が通ってきたらさらに新玉ねぎをくし切りにしたものを加えて、さっと火を通す。これだけだと味気が足りないから、最後に塩をひとつまみで調味する。これでタナカゲンゲのあっさり煮となる。


ゆるゆるだった身質は見事に変化し、適度に硬くしまったものになった。加えて、身から染み出たうまみがやさしく全体を包んでいる。貴重な経験をさせていただいた日本海の漁師、たまちゃんに感謝。

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