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田舎風トムヤムクンを作る

トムヤムクンといえば、タイを代表する料理のひとつだと言える。一方で、中国の炒飯、日本のラーメンのように、その内実は多様だ。決まっているのはクン、すなわちエビが入っているスープ状のもの、レモングラスか、コブミカンか、あるいはその両方が香草として利用されているということくらいで、あとはとても自由な料理だと考えてもらったらいい。近年ではココナッツミルクを使った濃厚なものが流行っているらしいけれど、あまり食欲のわかないようなときには、田舎風のあっさりしたトムヤムクンがいい。これを先日入手したシバエビを使って作ることにする。
料理の当日にやってもいいけれど、面倒なこととしてエビの下処理がある。エビは頭と殻とを取り(尻尾は残しても残さなくてもよい)、背から切り込みを入れて背わたを取り出しておく。頭と殻は水から湯がいて、限界まで煮詰めておく。煮詰めきったところでナンプラーを少しだけ加えておくと、エビのうまみの詰まったうま味汁ができあがる。うま味汁は冷蔵庫に、エビは冷凍しておけばいつでもトムヤムクンができるというわけだ。ここからはおよそ二人分の分量。水3カップににんにくのスライスをひとかけ、しょうがの薄切りを数枚、コブミカンの葉を数枚、レモングラスをひとつかみ、それにパクチーの根を加えて煮る。普通の家庭には生のコブミカンの葉も、レモングラスもないと思うがどうにか調達してほしい。香りが立ってきたら鶏ガラスープの素を小さじ1杯、エビうま味汁を小さじ2杯、ナムプラーを大さじ1杯加える。その後はスズキの切り身をいくらか入れて、たけのこ、厚切りのマッシュルーム、紫玉ねぎのくし切り、半分に切ったトマトを順に加える。このあたりで唐辛子を好きなだけ入れ、ライムを丸ごと1個搾る。一番最後にエビを加えて(ここが一番大事。必ず最後にすること)、火が通ったら器に盛る。レモングラスは食べるときに邪魔になるから、適当に取り除いたらいい。現地風を楽しみたいならそのまま入れておくべきだね。このあとはパクチーを好きなだけ盛る。あまり細かく刻みすぎないこと。


トムヤムクンはそのままでも、この中ににゅうめんを入れて食べるのもいいし、ご飯にスープをかけながら食べるのもまた現地風でいい。トムヤムクンの具材はなんでもよく、エビ以外にはイカや白身の魚が入っていることが多いように思う。柔らかいすり身の団子が入っていることもある。ピーマンや大根のようなものが入っていることもある。思いおもいのトムヤムクンを楽しむということが大事、そんな料理である。

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カワムツを食べる

カワムツという魚がいる。海のムツではなく、川のムツ。ムツというのは古語である。海のムツといえば今や高級魚の末席にあるような魚だけれど、カワムツはどうだろう。昔持っていた釣魚図鑑には不味と書いてあったし、そのほかの文献を読んでみてもオイカワより味は劣る、とか、とにかく比較的評判が悪いことが多い。私は幼少の頃からオイカワのおいしさを知っていたものの、カワムツについてはこうした事情からかなり最近まで食べる機会を逸していた。そもそも、カワムツはオイカワに比べると川の上流側、淵のような深いところにいることが多くて、私の主な活動範囲である平野部の浅い水路にはなかなか出てこない。少なくとも愛知県ではそうだった。 西日本で一般に川の小魚と言えばオイカワになると思うのだけれど、山手に進むとカワムツに変わる。たしかに、ここ九州でもカワムツはオイカワよりもより上流まで分布している。ヤマソバヤという呼び名は山にいるはやという意味をもつ。この山のハヤがひとびとにとっての重要なタンパク源であったことは疑う余地をもたない。その割に文献資料に欠けるので、やっぱり自分の足で昔の記憶を尋ねて歩く必要があるし、単にハヤとされている資料ではそれがカワムツであったのかオイカワか、またウグイやその他かということが分からない(文脈で分かることもある)。 さてそのカワムツを食べたくて、水辺に出掛けては黒々と群れをなしているところに突っ込んで、大小を取り合わせて持ち帰る。この時期は暑さですぐに肉が痛んでしまうから、よく冷やして持ち帰る。川のハヤは焼いたり揚げたりして食べる分には鱗をとる必要がない。大きなものは腹の中央あたりに包丁の切っ先で小さな切れ目を作り、そこから絞るようにして内蔵を押し出す。口からまっすぐではなく、少し尾がせり上がるようにして串を打つ。すなわち、串の先端は内臓の空洞を通って、臀びれの末端あたりから出す。平たい串を使えばこれでも魚が回ることはない。普通の塩焼きに比べたらかなり多い量の塩を振って、"塩だまり"ができるようなかたちで、手で塗りたくるようにして全身に回す。これをうまく焼き上げたら塩焼きとなる。家庭用の魚焼きグリルでも問題なくできる。はじめは強火で表面の水分を飛ばし、あとは弱火にして25分ほどかけて焼き上げる。焦がしすぎてはいけない。中まで焼けているかどうかという...

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