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夏の定番ソーメンチャンプルー

混ぜこぜになったものをチャンプルーという。これはマレー語のチャンプルとも、あるいは日本語にもなっているちゃんぽんと同源という説もある。今の日本でチャンプルーと言えば、もっぱらゴーヤーチャンプルーのことを指すようになっている。しかし沖縄に行ってみると実に多様なチャンプルーがあるのであって、それらは沖縄の車麩を使ったフーチャンプルーであったり、ナーベラチャンプルーであったり、ソーメンチャンプルーであったりする。夏場にご飯を炊くのも面倒だというときには、たびたびこのソーメンチャンプルーを作る。素麺を炒めるという発想は一見奇抜なようで、しかし焼きうどんや焼きそば、焼きビーフンのことを考えてみれば、麺を炒める、あるいは油で絡めて食べるというのはさほど突飛なことではないと思う。
ソーメンチャンプルーの具材はなんでもいい。肉はあるもの、牛でも豚でも、コンビーフでもいいし、なんなら肉抜きでもよい。肉は小間切れでも、あるいはミンチでもいい。とにかく適当でいいのだ。炒り玉子もなくていい。野菜はあるものでよくて、ゴーヤー、もやし、ナーベラ(ヘチマ)、なすといったものがよく使われる。この日はなすと、あとは細いねぎや島らっきょうの芽のところが冷蔵庫にあったので、これらをまとめてチャンプルーの具とする。素麺は少しかために茹でて、冷水でよく洗ってぬめりを取り、適当にほぐしておく。この際少しだけサラダ油かごま油をかけておくと、麺がくっつかない。フライパンに油を少し多めに敷いて(なすが油を吸うため)、にんにくのみじん切りを香りが出るまで炒めたら、肉(この日は牛肉があった)を適当にそぎ切りにしたものを入れ、火が通ったら5ミリ程度に薄切りしたなすを炒める。わずかの振り塩をして下味をつけたら、素麺を塊にならないよう何回かに分けて加えて、そこに薄口醤油を少々、水っぽくならない程度に加える。薄口醤油でなく、めんつゆを使ってもいい。最後に細ねぎと島らっきょうの芽を加えて、さっくりと強めの火で炒めたらできあがり。麺をしっかり炒めようと思うと、素麺がフライパンにこびりついてぷつぷつと切れ、短くなってしまう。だから麺は最低限、温まる程度に炒めればよい。私はところどころが炒まって、パリパリになっているのが好きなのだけれど、これは意外に難しい。


コーレーグース(泡盛に島唐辛子を漬け込み寝かせたもの)をたっぷりかけて食べる。これに加えて酢をかけてもいい。一人分ならなす2分の1程度で十分だろう。私はなすが半分余るのがいやだったので二人分作り、半分は弁当のおかずにした。

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