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淡水魚飲食旅案内 その内容について

これから淡水魚飲食旅案内の入手を検討しているひとたちのために、どのような本なのか、ここに説明しておきたい。
幾度かのつぶやきにもあるとおり、本書は魚滋会のこれまでの取り組みをまとめたフォトブックである。魚滋会(うおしげかい)とは、私が主宰する淡水魚を食べる取り組みであり、基本的には10人程度、魚を食べることが好きなひとたちを集めて、年に一度実施しているイベントである。
初回は1泊2日で開催したが、それではあまりにできることが限られるので第二回以降は2泊3日開催として、これまでに五回、実施している。魚滋会は土地土地で淡水魚を食べること、そのありようを知る、というものだから、食べることはもちろん、魚が採れる場所へ行き、水揚げや流通を見る。ときには、何らかの方法で食材となる淡水魚を現地調達し、自分たちで調理する。私は淡水魚料理のノウハウをおおむね身に付けているし、幸いにして魚の扱いに慣れた参加者が多いので、意外にこれも楽しく、また発見もある。
ただ、このような自炊行為よりも、その土地の飲食店で実際に提供されている料理を食べることの方が重要だ。多種多様な淡水魚料理を一人二人で総なめすることは困難だが、人数がいればメニュー表の端から端までを食べきることもできる。また、さまざまなバックグラウンドをもつひとびとの食事と会話は、それ自体に大きな価値がある。淡水魚料理の理解のための価値である。
そういうわけで毎年、旅先との細やかな調整に苦心しながら開催している本会では、回ごとに参加者が大量の写真を撮影している。ほとんどは食材や料理だが、水辺や町並みの写真もある。回が終わるとそれぞれの写真を出しあって共有している。そうした写真たちは基本的に表に出ることなく、内輪だけで共有されてきた。それらを改めてまとめて、書物としてまとめようというのがそもそもの発端なのである。
今回企画したフォトブック、淡水魚飲食旅案内では、こうした写真の数々を可能な限り収録するように努めた。まったく同じ構図の写真がかなりあるため、そのなかでも魅力的な一枚を選定した。ただし、魅力的ではありながらも、説明的でない、第三者にはよく分からない写真についてはやむなく削ることになった。それでも、写真は350枚以上になった。
さらに、それぞれの写真の理解を助けるべく、さまざまなテキストを追加していった。というよりも、実際の作業としては、大まかな写真選定を行ったうえで旅程に沿ってテキストを作り、デザインの下地を作り、さらに入れるべき写真を加えたり差し替えたりしながらテキストを増やしていった。旅程と写真だけがあっても、その写真が何なのか、どういう意図でそこにあるのか、あるいは、そもそもこの回のコンセプトは何なのか。そういうことは参加者でないと分からないから、テキストで補ってやる必要があった。
さらに本書をより、役立つものとすることにも心を砕き、訪れた飲食店の情報の列記はもちろんのこと、フォトページでは書き漏らしてしまったテキストを補足として加えた。本書には過去の参加者のメモリアルブックという大事な役割もあるから、写真はできるだけ多くの参加者に出してもらい、また一部のテキストの執筆もお願いした。それと、2泊3日という、限られた旅程でもって訪問県の全容は分からないから、それをカバーするための補足案内を作成して、巻末に付け加えることにした。このような増改築を経た結果、表紙込140ページ、テキスト10万5千字以上というボリュームにまで膨らんでしまった。写真をより大きく印刷するためにA4サイズとしたので、余計にボリューミーな本になった。
デザインの一切を引き受けてくれた炬茶さんは第五回にしか参加されていないが、まるで過去四回についても参加されていたのではないかと思うほど、当時の温度感をおさえた楽しいデザインをしてくださった。実際に刷ってみると少々文字が大きいような気もしなくもないが、お世話になった飲食店の主人のほとんどは高齢だから、読むのも容易いだろう。
淡水魚飲食旅案内、類書のない同人誌なので、ぜひ、手に取ってみてほしい。次は6月7日、コミティア156で頒布予定。



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