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10月, 2019の投稿を表示しています

ひしの実の炊き込みご飯

ヒシという植物がある。流れのゆるやかな川や水路、湖にあるもので、葉は水面に浮いているだけのものだが、その実が食用になる。日本のヒシには色々な種があるが、そのいずれもが鋭い棘をもっていて、刺さるととても痛い。川で魚を捕っていてこのヒシの実が邪魔になったという経験者も多いだろう。最近は用水路の整備が進んで、あまり身近な植物とは言えなくなってきた。 普通のヒシの実は小さくて、しかも棘があるから食べるとなると案外面倒だ。夏の終わりごろの若い実は柔らかいので、捕ってそのまま剥いて食べられる。かつては子供たちのおやつになっていた。このヒシの仲間にトウビシという、舶来の改良品種がある。ときに鬼ビシとも呼ばれるこの種の実はひじょうに大きく、また棘もないので食べやすい。鬼というのは大きいことからか、あるいは赤鬼を連想させるような赤みからだろうか。福岡や佐賀の一部では今も少数ながら栽培されていて、福岡市内でもたまに見かけることがある。懐かしい気持ちで1パックを買い、茹でて食べてみる。ほのかに甘みがあり、たいへん香りがいい。これはヒシならではでもあり、いくらか栗を思わせるような味わいだ。このトウビシ、茹でてそのまま食べるのもいいけれど、炊き込みご飯にするとその良さがもっともよく味わえる。トウビシの実は水洗いしてから30分ほど水に浸ける。たっぷりの水で水から茹でて、8分ほど茹でる。中までしっかり火を通すならこの倍くらいは茹でないといけないが、炊き込みご飯なら硬めに、要するに半生にしておいたほうが香りが残る。茹でた実を割って外殻を剥き、適当な大きさに切る。ご飯三合に対して、実が最低でも10個はほしい。もちろん、多いに越したことはない。米は洗って30分以上浸水させ、風味付けに薄口醤油と酒を各大さじ1ずつ加えたもの、そこにトウビシの実を乗せて炊く。余計な具は加えない。 炊きあげるさなかにもヒシの豊かな香りが部屋中に広がる。湿地帯の秋のめぐみである。佐賀県では在来のヒシ(和菱)の収穫も行われており、これらは菓子や焼酎の原料となっている。

秋になったら秋太郎

秋太郎という魚がある。鹿児島の秋告魚、バショウカジキのことだ。この魚はバレンと呼ばれることもあるけれど、たいていは秋太郎と名して流通している。この魚が店頭に姿を見せると秋がやって来たことをぐっと実感する。バショウカジキはフウライカジキと並んで安いカジキの代表のように思われているが、鹿児島では少しいい値がついている。この頃は福岡でも手に入ることがあり、流通に感謝するよりほかない。でも、さすがにワタは福岡ではお目にかかることができないから、やはり鹿児島へ行く必要がある。カジキのワタはうまい。 この日はたまたま、日本海の定置網に入ったマカジキもあったので、トビウオとともに3種盛りとする。秋太郎のサクには筋のように見えるものがあるけれど、マグロの筋と違ってほとんど気にならない。ねとっと、そしてさくっとした食感が新しさを物語る。脂のついたマカジキと、爽やかな秋太郎との対比がたのしい。 たくさん刺身を作ると余りが出る。この余り物はてこねずしとする。てこねの作り方はいつも通り。面倒なので手抜きした。さてそのてこねが余る。こういうことは間々ある。志摩ではてこねが余ったら、チャーハンか茶漬けと相場が決まっている。この日は茶漬けにした。熱いめのお茶をづけ身めがけてかけ回す。 てこねの茶漬けは生臭いので、刻んだしょうがを乗せて食べる。志摩人に言わせれば、生臭いのがこのてこね茶漬けの醍醐味なのだそうだ。

あなご料理二題

今月が終わろうとしている。思えば先月、今月と出張つづきの慌ただしい日々だった。今月に至ってはそのうえの金欠きわまれりで、ろくなものを食べていない気がする。 福岡ではときどき、開いた生のマアナゴを見かけることがある。愛知県や三重県の海の近くではめそっこサイズの小さなもの、この開きは比較的身近な食材だった。しかしここ福岡では、マアナゴはいつもあるというわけではなく、量的にまとまらないときなどに入荷していると思われる。サイズは大きく、概して安く、そして、ときに非常に質のよいものが混じっている。 この日は本当にいいマアナゴがあったので、余裕を見つけてアナゴ二題とした。片身でも指4本程度の身幅がある大アナゴは、皮のぬめりを少し取ってからヒレを切って幅5ミリ程度に刻む。たっぷりの湯に塩をひとつまみ加えて、沸騰したら味噌漉しにアナゴを入れて湯引きにする。引きすぎてはよくないので、中に生の部分が残るように気を付ける。冷水で締めて、水気を絞って盛り付ける。なにもつけなくても噛み締めるほどにうまいし、一切のあなご臭さが出てこない。もちろん、柑橘を搾ったり、ポン酢をかけてもいい。これは質のいいものだから出せる味だ。切り身で売られているものであっても、きちんと締めてあることがよく分かる。 さてもう一題は地物の中くらいの焼きアナゴ。北九州では焼きアナゴを店頭でときどき目にするのが、瀬戸内海っぽくて面白い。このアナゴは適当に切って、使い古しの昆布とともに煮る。沸騰してあくをとったらしょうゆと酒を半々で加えて、さらに長ねぎを加えて煮る。砂糖を使わない、醤油煮である。焼き魚は醤油煮がいい。アナゴの風味が生きる料理だ。

高知の旅 その3 海の郷土珍味

高知の食べ物紹介。これまでにとんごろいわしと、すしを紹介してきた。高知にはほかにも語り尽くせないほどの郷土食材があるのだけれど、ここでは今回の旅で出会えたものだけ、紹介しておくことにする。すべて海のもの。 ・ちゃんばらがい このところ有名になりつつあるちゃんばら貝。正しくはマガキガイという貝で、ほかには沖縄などでも好んで食べられている。貝のふたにあたる部分がギザギザの鎌のような形をしており、このふたを使って移動する。そこからちゃんばら貝の名があり、ほかにも高知には語源を同じくするきりあいという呼び名もある。味としては上品なうまみをもつ巻き貝で、ワタにはあまりクセがないから、サザエなどと比べて食べやすい。このところ飲み屋で見かけるものが少しずつ小さくなってきているようなことが気がかりな生き物。今どきはどこの飲み屋にもある。 ・うつぼ これも今ではどこでも見かけるようになった、高知を代表する珍味のひとつ。ウツボの料理自体は千葉県から長崎県に至る各県にみられる。ただし、高知のようにたたきにしているところはほかにない。ウツボのたたきは高知に行くと必ず食べている。店によっては火が通りすぎて、単なる焼きになっていることもあり、いささか残念な気持ちになる。本種についても流通が増えているので、乱獲が心配だ。 ・やけど 高知には多様な干物、だし魚の文化があり、それだけを地道に調べても一冊の本になるくらいの厚みがある。私が単なる貴族の趣味人であったなら、1年くらい高知に住み着いてこのことを調べていたはずだ。さてその高知の干物として、挙げずにはいられないのがこのやけど。ハダカイワシである。ハダカイワシの仲間は鱗が柔らかい上にたいへん剥がれやすく、底曳網で漁獲されたものでは基本的に鱗がない。その桃色がかった表皮をやけどになぞられたものだ。ハダカイワシには独特な風味の油があり、干物にしてたいへんよろしい。軽く干したものをさっと煮て食べるのも悪くないけれど、これは産地でないとなかなか難しい。気の利いた飲み屋には置いてあることもあるので、ぜひチャレンジしてもらいたい魚のひとつだ。

高知の旅 その2 すし

高知の旅ではうまいものをたくさん食べた。せっかくなので、とんごろいわしに引き続いて、少しずつ紹介していきたいと思う。 ・土佐巻き 高知へ行くのはもう5回目になるが、必ず食べるもののひとつがこの土佐巻きである。これは、かつおのたたきを薬味と共に巻き寿司にしたもの。薬味にはスライスした生のにんにくと、小ねぎまたは大葉、ごまといったものが使われることが多い。どこの飲み屋にもたいてい置いてあるが、薬味の種類は店によってちがうので、これを楽しむのもよい。飯もしっかり酢の効いたものから、あっさりのものまでさまざまだ。なおこの上のもののかつおは藁焼きで、放り込むと燻製を思わせる香りが口いっぱいに広がる。まことにぜいたくなものだけれど値段はさほど高くない。一般には〆に食べるようなもの、ただし私はいの一番に注文してしまう。 ・あじずし なんの変哲もないもののように思われる、しかし高知の郷土寿司。あたらしいマアジを柚酢で締めて、こんもり俵型の大きな酢飯と合わせたもの。高知のすしには豪快なものがいくつかあり、米の量が概して多い。柚酢にはほのかな甘味と、優しい爽やかさがあって、醤油などなにもなくても実においしい。この魚締めに柚酢、あるいはその他の柑橘酢を使う文化は、広く高知県と徳島県にみられる。以前に徳島の山奥で食べさせてもらったアマゴの押し寿司も、えもいわれぬうまさだったことを思い出す。 このあじのすしを購入したお店にはほかにも多様なすしが並んでいた。ちらしずしや昆布の巻き寿司、田舎寿司(魚を使わない)、鯖寿司などが見える。本当ならば、全種類食べてしまいたいところ。 ・うるめの姿寿司 高知にはさまざまな姿寿司がある。具体的にはアカカマスやヤマトカマス、ムツ、マアジ、ウグイなどを使ったものがあるが、一番はこのウルメイワシの姿寿司だ。高知では大型のウルメイワシを多鈎釣りと呼ばれる一本釣りで丁寧に漁獲している。この非常に質のよいウルメイワシを使って、丸ごとの寿司にするのだ。写真のものは炙ってあるが、あぶりのないものもある。いずれも非常にうまく、高知のほかではなかなか食べられないものだと言えるだろう。