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5月, 2022の投稿を表示しています

タチウオの背ごし

 一昔前のある頃、毎月のように尾鷲に通っていた。三重県尾鷲というところは熊野灘のリアス式海岸地域、その中腹あるいはその少し西寄りとも言えるあたりにある昔からの漁師町で、このあたりとしては比較的大きな尾鷲湾という内湾に面している。尾鷲とその近隣の小湾にはそれぞれに集落があり、そしてそれぞれに定置網がある。それはいわゆる小敷と呼ばれるようなやや小型のものもあるが、大敷という大型のものもあって、年間にさまざまな魚を獲っている。昔はそれぞれの港で水揚げしていたはずだが、今は多くが尾鷲湾の奥、尾鷲漁港に集まって水揚げをする。アオリイカなど船の上で主要なものを選別して帰ってくることもあるが、基本的には活けた魚以外はまとまっているので岸に船を着けて、ヨリダイ(選り台)に乗せて魚種ごとに選別していく。早朝の尾鷲に行って、選る場を見るのが楽しかった。夏場には網を抜いてしまうところもあるけれど、秋から春にはさまざまな魚を浜にもたらす。季節ごとによく獲れる魚種は異なり、季節の顔役になる魚がある。 例年秋ごろに多くなるのがタチウオで、大きなものは値段もいいから稼ぎになる。ところが、小さいものはというととたんに安くなる。タチウオは細長い魚であるので、長さで考えてもあまり意味がない。体の幅、実際には体高が指三本を超えるようなものでないとほとんど値段はついていないようなものである。そんな魚を、船しごとの合間におかずにして食べる。これが背ごしである。 背ごしは、肉の柔らかいタチウオのことだから新鮮なものでないとできないし、遠方流通には乗らないような大きさのものだから余計に手に入らない。そんなことをぼやいていたら柳川の松本鮮魚さんが気を効かせて送ってくださった。小さいのにピカピカで、ぜんぜん皮の擦れていない美しい小太刀だ。 タチウオは頭と腹を落とす。腹は肉ごとごっそりと取る。骨のところの血をよく洗ったら、背びれの付け根にそって両側浅く刃を遠し、付け根の骨ごと抜き取ってしまう。ただし抜き取りは多少甘くても構わない。肛門から前と後ろとに分け、後ろを背ごしにする。骨の硬いめな魚であるのでよく細く、骨を断つように垂直に切っていく。尾の細いところは食べにくいので残し、刻んだ身をさっと冷たい塩水(海水の1/3程度)ですすいで皿に盛る。ここに、甘い醤油をたっぷりかけたり、辛い生姜醤油にしたり、あるいは酢をかけたり

アユのたたき

 昔、解禁日と言えばお祭りのようだった。5月から6月にかけて、全国各地の河川でアユの釣り、あるいは網漁を含む漁全体が解禁される。アユは一年魚で、遡上期の春や産卵を迎える晩秋は多くの川で禁漁措置がとられている。人出がもっとも多くなるのは解禁のその日で、この日ばかりはと川の具合を見にアユ釣りに出かけるファンもたくさんいる。昔は今よりもっと川は開かれていて、解禁からさまざまな捕り方をさせてくれるところが多かった。それが友釣り一辺倒の規則に変わり、川から地域の人々が離れてしまったと思われる例は少なくない。まだ平成のはじめごろまではかつての風習、つまり、地域と川が一体としてあって、解禁日にみんな川に行って捕れたアユをその場で食べる、みたいなことが点々と残されていた。その川の食事においてメジャーなものはもちろん塩焼きで、そしてこのたたきである。 普通アユのたたきというと骨ごと味噌や薬味と共にたたいたもののことを言う。骨ごとたたくものだから解禁の頃の若鮎がいいのだ。実際、扱ってみると90グラムくらいが精一杯で、それを超えると骨の硬さが気になりだす。理想は70グラムくらい。昨年もアユを分けていただいた養魚場のものを今年も買ったので、これでたたきを作る。今回はちょうど90グラムのアユで、これを3匹使う。鱗をとってよく洗い、腹をとって頭を落とす。腹にある黒い膜と血をよくよく洗い落とす。この膜はフナなどとちがって柔らかく、すぐにとれる。味にはさして影響がないものだが見た目に影響する。生臭いのが苦手ならこのあと体表に塩をふって軽くこする。私はしない。 背びれと腹びれは付け根の骨ごと取り去り、体を厚さ2から3ミリ程度を目指して骨ごと垂直に切っていく。ごりごりと音がする。たまに少し太くなってもどうせあとでたたくものだから構わない。尾の付け根近くまで使える。切り終えたら少しだけたたく。次いで、薬味を刻む。みょうが二個、白ねぎ半分、青唐辛子ひとつをある程度細かく刻む。ここにコショウ味噌(唐辛子の混ざった味噌)と普通の米味噌を適当に加えて、全部を混ざるようにさっさとたたいて和える。とにかくたたきすぎてなめろうのごとくならないように注意し、時には優しくたたくようにする。この料理は骨と身のなす食感が大事だ。また味噌を入れすぎてもいけない。アユの味を殺してしまうからだ。熱い飯にたっぷり乗せて、がつがつ食べ

焼いて食べるカマツカ

 春はあらゆる川魚にとって、もっとも重要な季節だ。それはつまり繁殖にあたる時期ということ。本来、川魚に影響を与える多くの公共事業が行われるのは冬から春の始めにかけてで、年度末さえ過ぎれば安寧が訪れる。それが近年では年度が明けてからもだらだらと各地でしゅんせつや護岸工事が続いているのを見かけるようになった。この影響が気がかりである。 さて成り行き的に立ち寄った川の浅瀬にカマツカが集まっていた。普段は日中砂にもぐってばかりのカマツカも、産卵間近のこの時期には砂の上に体を出しているものが多くなる。しかし大量に集合しているのを見かける機会は決して多くはない。投網を何回か放って、大きめのものと中くらいのものを持ち帰ってきた。この時期のメスは腹が膨らんで、なおかつ腹面が紅潮しているので分かりやすい。 理想的には砂を吐かせながら持ち帰り、捕まえて数時間後に氷締めにするのがいい。しかしそれができなくてもおいしく食べられないわけではない。特にこの時期は腹にもあまり食べ物が入っていないからだ。水からあげて冷やして持ち帰ってきたら、少なくとも2日以内、理想は1日のうちに火を通してしまう。コイ科の小魚であるので生のままで長く置くとまずくなる。なにより、大事な腹に臭いが出てくる。子持ちのものなら焼き物か煮付けに限る。いずれにしてもとりあえず焼いておけばよい。カマツカは頭の落ちやすいことが難点であるから、口のところから細い串を通して、首が落ちないようにして焼く。焼き加減は生焼けでよく、だいたい8割がた火を通す。特に卵は火が通りにくいからこの状態だとまず芯は生である。焼けたらまだ熱いうちに串を少し回してそっと抜き取る。腹を上にして皿に並べ、あら熱が取れたら冷蔵庫にしまっておく。これで数日は持つ。煮物にする場合はこれを汁に放り込んで煮る。 焼いて食べるときにはこれを表面が焦げるくらいにしっかりと焼く。カマツカの場合、焼きすぎてまずくなるということはあまり考えなくていい。口のところから臭いを嗅いで、生臭く感じなくなったら腹の中まで焼けていると思ってよい。あとは頭と、肩帯のところ(要するにかまの部分)を取ってから塩を振るなり、醤油や味噌をつけるなり、巣をかけたりして食う。ただ実際には何もつけなくてもうまい。 取り外した頭と肩帯のあたりは吸い物の味出しになる。ただし、頭よっつでせいぜい汁2杯程度の繊細な

今年もてこねをした

 忙しい日々からは解放されていないけれど、少しずつ自炊を再開している。そんな折りにスーパーの店先(この表現はおかしいと思う)に春らしいイサキを見つけた。30センチを超える大きなものと、25センチに満たない小さな(実際にはイサキとしては中くらい)ものがあって、前者の値段が900円ほど。対して後者はひとつ180円だった。刺身になる魚というのは、大きさによって値段が異なるのが普通である。それは単なる大きさのちがいに伴うグラム数のちがいだけではなくて、そもそものグラム単価が異なる。特に刺身になるような魚ではこの差が顕著になる。どちらも長崎産で姿からして網のもの(刺し網なのか、体に痕がついている)だろうな、もちろん大きな方が値打ちがある。ただ小イサキのぷっくりした腹と口元のあたりを見てみて、これはきっといいものだろうと信じて大を買わずに小ふたつを買う。これらは信じた通りの当たりの個体で、いずれもメス、腹にはしっかり脂肪の塊が詰まっていた。イサキの産卵は初夏で、長崎なら7~8月頃だ。これからどんどん卵も白子も膨らんでいく。実際産み始めるまでは肉にも脂のあるままだけれども、小さいものはやっぱり卵に栄養が取られるのか、特にメスではやや味が落ちてくる。イサキの雌雄を外見から見分けることはまず無理だし、だから小さくていいイサキを買うなら5月一杯くらいまでが確実だ。 これらのイサキはてこねずしにする。最近、過去にブログに書いた分量が果たして正確なのか、気にしている。志摩の漁師は刺身やてこねを作る時、鱗を取らずにそのままおろすことがある。これはひと手間が減るだけではなくて、そのあとの皮引きが楽になるという副次的なメリットもあるやり方だ。ただし肉に多少の鱗がつくので口に鱗が入っても気にならないひとにしか使えない。 私はそれが気にならないので、鱗のまま頭を落として内臓を取り、三枚におろして皮を引く。背側と腹に分けて、刺身より少し大きめに切る。今日は3人前作るつもりなので、2匹とも使って、漬けだれは濃口醤油大さじ3に、白砂糖大さじ2(もっと甘い家もある)。よく混ぜてから漬け込む。このとき、新玉ねぎのみじん切りもいくらか加える。玉ねぎを加えるのは、御座で教えてもらった方法で、甘辛いてこねだれ、魚の生臭さとの組み合わせとしてはたいへんよろしい。家によってしょうがを加えることもある。 米2合は30分浸