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雷魚を食べる その2

前回の更新からずいぶん日が経ってしまった。このブログの更新にあたって自らに課しているルールはほとんどないのだけれど、「通勤時間を使って書く」ということを最低限のルールに設定している。ゴールデンウィークには勤務がなかったし、この頃は在宅での勤務も多いから、意外に更新している時間がなかった。
カムルチーの属するタイワンドジョウ科の魚は、移入地である日本ではその地位をとうに失ってしまったものの、東南アジア、東アジアではいまだ重要な食用魚として君臨しつづけている。国内のマーケットでも見かけることのあるChanna striatusは広く養殖が行われていて、中国や台湾でも養殖(こちらはカムルチーかタイワンドジョウだろう)が行われている。魚市場で見かける機会もそれなりにあるが、なにせ高級魚であるので現地でも食べる機会はそうそうない。ベトナムでは姿料理を思いきって注文したところ、ティラピアが出てきてひと悶着したこともある。私はChannaを注文したんだ!あれは詐欺だったと思う。
養殖のC.striatusには、ほんのりとかび臭さがある。これは養殖場のラン藻のにおいだろう。今回のカムルチーにはこのにおいがない。今こそ、念願の東南アジア料理に挑戦すべきだ。カムルチーの煮付けを作って分かったことには、本種は明らかに汁気のある調理に向いていること、加熱で肉がよく締まることがある。そうとなれば私の頭にはふたつの選択肢しか残らない。トムヤムか、ココナツカレーのいずれかである。
トムヤムクンは今や日本でも知らない人の少なくなった料理だが、タイに行ってみると実にさまざまなトムヤム類があると分かる。具材もさまざま、味付けもさまざまだ。タイでも広域で食べられてきたものはあっさりとしたトムヤムであったのが、現在はココナツミルクと油脂、トマト系調味料を使ったこってりトムヤムが流行りつつあるらしい。たしかに空港の店ではそういうものも食べた。ローカルでは今もあっさりしたものが主流なのではないだろうか。
さてこのトムヤム、エビやイカをメインとすればトムヤムクンであるし、鶏肉ならトムヤムガイとなる。ではChannaの場合はどうなるか?これはトムヤムブラーチョンとなる。トムヤムにはたくさんの材料が必要だ。今回はレモングラス生葉と茎、コブミカン、パクチー根、にんにく、しょうが、唐辛子、万能ねぎ、パクチー、たけのこ、エリンギを用意した。たけのこ、エリンギは具材として加えるものだが、ほかはトムヤムスープを構成する重要な要素たちだ。レモングラスは生の冷凍で、コブミカンは家で育てている。唐辛子は夏に冷凍しておいたものを使っている。乾燥のものでは青臭い香りがしない。

レモングラスの葉は鍋に入れやすい長さに切って、茎は斜めに削ぎ切りにする。コブミカンはそのままでいいけれど半分にちぎる。パクチーは根の部分をよく洗い、付け根のところで切ったら縦に半分に割って、軽く叩いておく。葉の方は好みの長さ、だいたい3から5センチくらいに切る。万能ねぎも同じくらいでいい。にんにくは薄くスライス、しょうがは本来ではタイにあるカーという野菜の代用。皮ごと薄く数枚スライスする(刻まない)。唐辛子は削ぎ切りに。種は面倒だが取り除いておいた方がいい。たけのことエリンギの切り方はどうでもいい。
鍋に水3カップを入れ、そこにレモングラス、パクチーの根、にんにく、しょうがを加えて10分程度中火で煮る。香りが十分出てきたらここにエビペースト、なければえびだしを少々と、ナンプラーを大さじ2杯加える。注意書として、エビペーストではなく、本式のタイの調味料カピを使う場合には、油でよく炒めてから使うこと。そうしないと汁から大便臭を嗅ぎつづける羽目になる。味付けした汁に皮つきで1センチ幅に切ったカムルチーの肉とたけのこ、エリンギを加えて火が通るまで煮る。火が通ってきたらコブミカンと唐辛子、万能ねぎを加えて一煮立ちさせ、できあがりとなる。パクチーの葉は生のまま盛り付ける。



想像どおり、いやそれ以上にカムルチーの肉質が活きることが分かった。今後もかムルチーを入手する機会があったなら確実にトムヤムとしたい。
これでもなお肉が余っていたので、残りを使ってカレーやフライもしてみた。カレーとするには個性が薄くなる。フライについてはもっと個性が失われる。もはや淡水魚かどうかすら、分からないような味だ。その1で書いた、味の記憶が曖昧な理由はここにあった。これでは記憶に残るはずがない。戦後弁当屋の白身魚のフライにこの魚が使われたという由がなんとなく分かった気がする、そんな味だった。



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カワムツを食べる

カワムツという魚がいる。海のムツではなく、川のムツ。ムツというのは古語である。海のムツといえば今や高級魚の末席にあるような魚だけれど、カワムツはどうだろう。昔持っていた釣魚図鑑には不味と書いてあったし、そのほかの文献を読んでみてもオイカワより味は劣る、とか、とにかく比較的評判が悪いことが多い。私は幼少の頃からオイカワのおいしさを知っていたものの、カワムツについてはこうした事情からかなり最近まで食べる機会を逸していた。そもそも、カワムツはオイカワに比べると川の上流側、淵のような深いところにいることが多くて、私の主な活動範囲である平野部の浅い水路にはなかなか出てこない。少なくとも愛知県ではそうだった。 西日本で一般に川の小魚と言えばオイカワになると思うのだけれど、山手に進むとカワムツに変わる。たしかに、ここ九州でもカワムツはオイカワよりもより上流まで分布している。ヤマソバヤという呼び名は山にいるはやという意味をもつ。この山のハヤがひとびとにとっての重要なタンパク源であったことは疑う余地をもたない。その割に文献資料に欠けるので、やっぱり自分の足で昔の記憶を尋ねて歩く必要があるし、単にハヤとされている資料ではそれがカワムツであったのかオイカワか、またウグイやその他かということが分からない(文脈で分かることもある)。 さてそのカワムツを食べたくて、水辺に出掛けては黒々と群れをなしているところに突っ込んで、大小を取り合わせて持ち帰る。この時期は暑さですぐに肉が痛んでしまうから、よく冷やして持ち帰る。川のハヤは焼いたり揚げたりして食べる分には鱗をとる必要がない。大きなものは腹の中央あたりに包丁の切っ先で小さな切れ目を作り、そこから絞るようにして内蔵を押し出す。口からまっすぐではなく、少し尾がせり上がるようにして串を打つ。すなわち、串の先端は内臓の空洞を通って、臀びれの末端あたりから出す。平たい串を使えばこれでも魚が回ることはない。普通の塩焼きに比べたらかなり多い量の塩を振って、"塩だまり"ができるようなかたちで、手で塗りたくるようにして全身に回す。これをうまく焼き上げたら塩焼きとなる。家庭用の魚焼きグリルでも問題なくできる。はじめは強火で表面の水分を飛ばし、あとは弱火にして25分ほどかけて焼き上げる。焦がしすぎてはいけない。中まで焼けているかどうかという

雷魚を食べる その1

日本で食べられることのなくなった外来種(国外移入種)がある。もっと正確に表現すれば、食料として持ち込まれたにもかかわらず、現在ではその地位を失い、野にのさばっている種、だ。そうした生き物たちは日本の水辺に少なからぬ影響を与えては、今日に至っている。 雷魚ことカムルチーは戦前の日本に導入され、爆発的に広がった外来種のひとつだ。本来この魚は日本にはいなかった。各地でらいぎょ、かもちん、かむるちー、たいわんどじょうと呼び習わされる(※タイワンドジョウという別種も移入されている)この魚は一時、重要な食用魚という地位にあった。低湿地帯での聞き取り調査では頻繁に会話に登場する魚でもある。 戦後しばらくすると、雷魚を食べて顎口虫に罹患するという恐ろしい症例が国内で共有されるようになる。顎口虫は加熱すれば問題のない寄生虫だが、生食される機会の少なくなかった雷魚による寄生虫問題は列島を震撼させ、1970年代にはほとんど食習慣がなくなったと推測される。しかし現在でも、らいぎょはうまい、うまかったという話をときどき耳にする。うまかった記憶というのは、どうしてもぬぐい去ることができないらしい。 国内にはいくらでもいたカムルチーは戦後、次第に大きく数を減らしていくことになる。その理由のひとつには彼らの繁殖生態がある。カムルチーは草を寄せ集めて巣を作り、そこに卵を産む。すなわち、カムルチーのアクセス可能な場所に、巣を作るための浅い場所と植物が必要となる。翻って国内の水辺、特に水路や水田地帯はこのような場所を失ってきた。モンスーンの湿地帯を必要とする彼らにとって、今の日本は生きづらい。同様の理由でチョウセンブナも国内からはほとんどいなくなった。私が子供の頃までは、まだ田に入って産卵するカムルチーが身近にいた。その水路も今は昔だ。国外移入種であるカムルチーが国内からいなくなることは喜ばしいことであるけれど、それが水辺の環境劣化の結果だとすればてばなしには喜びにくい。 私の育った地域にはそれでもまだカムルチーにしばしば遭遇することがあった。しかし、ほとんどの場所の水はとても汚なく、とうてい食べる気にはなれなかった。一度だけ若い個体を木曽川から水を引く水路で採り、唐揚げにしたことがある。肉質は良かったけれど、味に関する記憶は曖昧だった。味付けが濃すぎたような気もする。 さて、とある氾濫原に魚

若あゆで背ごし

ついに福岡にも梅雨本番がやってきた。今年は異常豪雨がないことを願うばかりだ。 さて、魚の背ごしという料理がある。背ごしとは魚を背骨のついたまま、薄い筒切りに仕立てるもの。背ごしになる魚は実は色々いて、ローカルではアジ、イワシ、タチウオ、カマス、エソ、カワハギ、ウマヅラハギ、ヒラメ、フナ、ヤマメといった魚の背ごしを聞き及んでいる。エソの背ごしは茶漬けにすると良いらしい。この料理にとってもっとも重要なのは鮮度で、一般に刺身にするものよりも新鮮なものでなければならない。特にエソについては死ぬとすぐに肉が柔らかくなり、臭いが出てくるから、とりたてのものでないといけないという。尾鷲の漁師はタチウオの背ごしが好物で、定置の水揚げ場でもときたまおやつ代わりの背ごしを作っているひとがいる。 昨日は定番のアユの背ごしを食べた。背ごしは生食なので、天然のものの場合横川吸虫のリスクがある。横川吸虫については多くが無症状、あっても下痢などの症状が出るくらいなので私は気にせず食べているが、ふつうは養殖のものを使った方が安全だ。ただし、背ごしに向いているのはやや小振りな50グラム程度の若あゆである。 アユは鱗を落としてから頭と、腹を縦に割いてハラワタをとる。頭は煮ても焼いても食べられるし、ワタはうるかにでもしたらいい。ボールに氷水を作り、この中で腹の黒い膜や残った内臓、背骨の裏側にある血を指で優しくこすり落とす。 背鰭を根元から切り取ったら、頭の側から幅2ミリから4ミリ程度で筒切りにしていく。厚い方が私は好きだ。私の場合、臀鰭のつけ根あたりまでを使い、そこから後ろは背ごしにはしないで、別の料理に使うが、最後まで背ごしにしてもいい。 ボールに氷水を作り、そこに塩を加えてアユの肉をさらす。塩気は10‰くらいがよい。10分したらザルにあけ、塩気のない氷水に放ってから再びザルにあけ、キッチンペーパーで水気をとる。これを皿に盛ればできあがり。全く簡単な料理だ。 好きならそのまま食べてもうまいし、たで酢や柑橘酢、ポン酢もいい。酢味噌はもちろん、甘みを加えた赤味噌につけて食べるのも悪くない。また薬味となるミョウガや刻んだ大葉、たまねぎ、きゅうり、ハスイモなどと食べるのもいい。暑い時期に飽きの来ない食べ物だ。