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朴葉寿司

 岐阜は山の県だ。県の南部は濃尾平野という巨大な平地の一部を成すものの、海に面したところのない内陸県であって、山中に恵まれている。西から順に揖斐川、長良川、木曽川という大水系があって、川筋に豊かなくらしがある。特に長良川は他二河川とは異なり途中途中のダムによる分断を経験していないため、今でも河口から100キロ以上上流にまでアユが遡上する驚異の川だ。往事に比べればかなり悪くなっているいくつかの問題があるけれども、川に出掛けてみれば魚の多さに誰もが気がつく。そういうところにしばらく、断続的に滞在した。

岐阜県でも特に木曽、長良川流域に見られる山の食事に朴葉寿司がある。飯を朴の大きな一枚葉で包んだもので、具材は集落や家庭によってさまざまだ。まさしく身近な生物多様性のめぐみを反映したこの料理には、ちちこやあじめといった川のめぐみ、へぼ、しいたけのような山のめぐみ、その他にかぶなどのさまざまな野菜、時にかまぼこや錦糸玉子、塩マス、でんぶなどあらゆるものが利用される。色々な具を使うのも決まりではなくて、単にアユやマスのほぐし身を加えた飯であったり、シメサバの押し寿司が朴葉に成り代わったようなものもある。すなわち、決まった形のない自由さがこの寿司にはある。もとは抗菌作用のある朴の葉に包むことで、山仕事の弁当に重宝したらしいが今は単にうれしい気持ちをたしかめる季節の料理になっていると思う。いや、元々そうだったのかもしれない。朴葉寿司に使われる朴葉は初夏に出る若い葉がいちばんで、波打った古い葉は使いにくい。つまり朴葉そのものが季節のものなのだ。

朴葉を自分で刈り取るのはたいへんだけれど、今どきは直売所や道の駅にも売られているからそれを買うだけでいい。朴葉を買ったら当然、朴葉寿司を作る。色々な作り方があるけれど、ここでは一例を。米二合を洗って2時間程度水を吸わせる。干ししいたけは2つを水で戻して、酒、醤油、きび糖でゆるゆると炊き(実ざんしょうがあれば加えて炊く)、あくも取って、10分ほど炊いたらその煮汁を器に1カップ分くらい取り出す。残った煮汁はしっかり煮詰めて、煮詰めしいたけを作る。取り分けた煮汁を米に加えて、さらに水も加えて1.8合分くらいにして炊飯する。炊き上がったら甘酢(米酢に白砂糖をたくさん加える)をかけて酢飯にする。甘い、少し色と風味のついた酢飯ができる。

卵はひとつに干ししいたけの煮汁をほんの少しと白砂糖を少しとを加えて薄焼きにし、冷めたらゆるく巻いて細く切る(錦糸玉子)。錦糸を少し短くしておいた方が並べやすい。ちちこ(カワヨシノボリ)の煮方は省略。かぶはできあいの漬け物(今回は細切り)を買ってくる。塩ます(カラフトマスの塩引)の切り身は塩出しして、焼いてから骨と血合い、皮をとってほぐす。塩出しはますの塩加減によっては不要で、塩辛い場合にはきわめて薄い塩水を作りそこに数時間浸けておくとできる。そんなこんなで材料の準備を終えたら、朴の葉の軸に近いところをハサミで切り取り、ふきんで拭く。机に緑の方を上にして並べ、葉の真ん中あたりに角の丸い四角形のようにして酢飯を置いていく。あまりぎゅっとしないで、ややフワッとしていた方がいいけれど面はだいたい平らにする。米二合で葉8枚分になる。ここに具材を順に乗せる。乗せる順はどうでもよくて、強いて言えばますのほぐし身やかぶの細切りは先に乗せた方がいい。すべての具材が喧嘩しないように、それぞれが上から見えるように配置する。乗せ終えたら葉の側面を折り、ついで葉の先の方を手前に折り返し、最後に葉の元の方を寿司の側に折り起こす。楊枝を使って封をする。だいたい30分くらいで風味が移りはじめ、2時間くらいで青竹のようなさわやかな風味がつく。




自分で作ったものだからもちろん中に何が入っているかははじめから分かっているものだけれど、それでもそっと楊枝を外して、ふわりと封を開けると色々の具材が顔を出す、それを見てとてもうれしい気持ちになる。

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カワムツを食べる

カワムツという魚がいる。海のムツではなく、川のムツ。ムツというのは古語である。海のムツといえば今や高級魚の末席にあるような魚だけれど、カワムツはどうだろう。昔持っていた釣魚図鑑には不味と書いてあったし、そのほかの文献を読んでみてもオイカワより味は劣る、とか、とにかく比較的評判が悪いことが多い。私は幼少の頃からオイカワのおいしさを知っていたものの、カワムツについてはこうした事情からかなり最近まで食べる機会を逸していた。そもそも、カワムツはオイカワに比べると川の上流側、淵のような深いところにいることが多くて、私の主な活動範囲である平野部の浅い水路にはなかなか出てこない。少なくとも愛知県ではそうだった。 西日本で一般に川の小魚と言えばオイカワになると思うのだけれど、山手に進むとカワムツに変わる。たしかに、ここ九州でもカワムツはオイカワよりもより上流まで分布している。ヤマソバヤという呼び名は山にいるはやという意味をもつ。この山のハヤがひとびとにとっての重要なタンパク源であったことは疑う余地をもたない。その割に文献資料に欠けるので、やっぱり自分の足で昔の記憶を尋ねて歩く必要があるし、単にハヤとされている資料ではそれがカワムツであったのかオイカワか、またウグイやその他かということが分からない(文脈で分かることもある)。 さてそのカワムツを食べたくて、水辺に出掛けては黒々と群れをなしているところに突っ込んで、大小を取り合わせて持ち帰る。この時期は暑さですぐに肉が痛んでしまうから、よく冷やして持ち帰る。川のハヤは焼いたり揚げたりして食べる分には鱗をとる必要がない。大きなものは腹の中央あたりに包丁の切っ先で小さな切れ目を作り、そこから絞るようにして内蔵を押し出す。口からまっすぐではなく、少し尾がせり上がるようにして串を打つ。すなわち、串の先端は内臓の空洞を通って、臀びれの末端あたりから出す。平たい串を使えばこれでも魚が回ることはない。普通の塩焼きに比べたらかなり多い量の塩を振って、"塩だまり"ができるようなかたちで、手で塗りたくるようにして全身に回す。これをうまく焼き上げたら塩焼きとなる。家庭用の魚焼きグリルでも問題なくできる。はじめは強火で表面の水分を飛ばし、あとは弱火にして25分ほどかけて焼き上げる。焦がしすぎてはいけない。中まで焼けているかどうかという

雷魚を食べる その1

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