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ギギの味噌汁

昨日はわたこのことを書いた。琵琶湖には大きく数を減らしている魚が色々あるけれど、このギギもそのひとつ。湖岸の至るところで嫌になるほど釣れたというのが、一切信じられない。他方、この魚もアユの放流に伴って全国各地に定着している現実がある。特に、ネコギギやアリアケギバチの自然分布する河川への定着は、在来のこれらの種にとっての大きな驚異となっていて、その影響には深刻なものがある。アユの刺し網、特に夜間の網漁を行う河川では網を痛めることも問題である。アユを買った漁業組合はこのような事態を引き起こすことになるとは夢にも思わなかったことだろう。
ここ九州では、日本海に注ぐ遠賀川や、そこから東側、大分に至る瀬戸内海流入河川ではギギが自然分布し、その他の大部分ではアリアケギバチとなる。近年では、筑後川水系や川内川水系といった、アリアケギバチの生息域にギギが侵入、拡大している。暗い話題がつづく。
さて、このギギという魚は西日本の各地で食用とされてきた。この仲間としては比較的大きくなり、まとまって漁獲されることがあり、また味も良い。ナマズよりはさっぱりしている。代表的な料理は味噌汁、煮付け、蒲焼き、揚げ物。江の川の流域では開き干しの流通があるという。これはそのまま炙ったり、素揚げにして食べるものだ。今日は手のひらを越えるくらいのギギを滋賀県風に味噌汁にする。ギギは胸鰭と背鰭とに大きくて鋸状の棘があるので、これに刺さらないよう気を付ける。首もとに刃を立ててそこから血抜きし、内臓を抜き出したら幅3センチほどに筒切りする。頭は半分に割る。ボールに入れて冷水で血が出なくなるまで洗う。ぬめりは取らなくていい。


鍋に水2カップ半、そこにギギも加えて、水から中火で煮る。煮立ってくるとあくが出るので、これを何度も掬い取る。とにかくよくあくが出て、汁がうす黒くなってくる。15分ほどあくを取りながら煮たら、米味噌(甘くないもの)を大さじ2杯溶き、また数分煮る。具は特に加えず、最後にねぎをうすくそぎ切りして散らす。これで2杯分となる。ギギは淡白だが味噌汁向きのだしが出る。あっさり薄い目に仕上げるのがいいだろう。


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