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シラウオはやっぱり刺身がいい

 私がもっとも窮する問いのひとつに、「いちばんおいしい魚はなにか?」というものがある。これまでに700種以上を食べてきて、そのなかでこれを絞ることはかなりむずかしい。世の中にはおいしい魚がありすぎるし、料理方法や季節、産地によっても大きく価値観が変わるからだ。しかし、すきな魚となると話は別で、両手の指の数くらいまでなら絞ることができる。その中に確実に入ると断言できる魚のひとつがシラウオだ。

私がはじめて食べたシラウオは、かき揚げになったもので印象は無味だった。価格帯から言って輸入品だった可能性が高い。ところがこのシラウオ、とびきりのものを2009年に食べて、それからというものシラウオがあると必ず食べずにはいられないというものになってしまった。標準和名シラウオの産地は、国内では西から熊本、宍道湖、東郷湖、吉井川、高梁川、千種川、木曽三川、霞ヶ浦北浦、松川浦、八郎潟、十三湖、小川原湖、さらに北海道にも産地がある。これ以外にも非常に小さな産地があるかもしれないが、江戸時代まで数多くあったシラウオの産地が環境の変化によって失われている。さて、私はこれまでに幸運にも宍道湖、湖山池、揖斐川、木曽川、霞ヶ浦、小川原湖のシラウオを食べている。このそれぞれの産地で風味と味わいが少しずつ異なっている。私が食べた経験で言えば、この中で生の状態でもっともすばらしいのは木曽川のシラウオだ。もちろんいずれの産地も年によるばらつきがあるだろうし、すべてのものをもっとも良い状態で食べられているわけではないから、異論は認めたい。

さてこの木曽川のシラウオを2016年以来、実に5年ぶりに顔なじみの漁師さんに送っていただくことができた。木曽川から福岡まで、クロネコヤマトで丸一日とかからず着いてしまうことに感動する。木曽川では、シラウオを袋網と刺し網で採っているが、これは刺し網のものだ。届いた時点ではお腹も赤くなっていないし、体は半透明のままということにまた感動する。これを刺身にして食べるわけだ。刺身と言っても切り開いたりするわけではなく、そのまま食べる。沖縄のスク(アイゴ類)の刺身と同じである。

ボールに氷を入れた塩水、0.5パーセントくらいのものを作っておいて、小さなざるに放り込んだシラウオをここにつけ、くるくると混ぜる。30秒ほどで水気を切って、皿に盛るだけだ。あとは上から醤油、またはぽん酢を少しだけ垂らして、四、五匹をまとめて啜るようにして食べる。噛むと口の中にえもいわれぬような甘みと、川の風味、これは海苔のような風味が口いっぱいに広がる。うまいと確認して、また啜る。また、うまい。啜る、うまい、啜る、と繰り返しているとあっという間になくなってしまう。このシラウオの刺身、生のりとともにどんぶりにする漁師もいるらしい。なんというぜいたく。


この真新しい、風味の良いシラウオは、酒浸しにして食べるのもいい。香りの芳醇な純米大吟醸をよく冷やして、刺身と同様に処理したシラウオを入れた器にそっと注いだら、5分ばかり待つ。あとは好み次第で頃合いをみて食べたらいい。もちろん、シラウオを食べ終えたあとの、この残り酒もたいへんにいいものだ。

シラウオという魚は海と川との健全なつながりと、広い汽水域、産卵に適した浅瀬の砂泥が揃っていてはじめて安定した再生産が可能になるものだ(ただし霞ヶ浦のような例外もある)。木曽川では、シラウオを長く採り続けるために漁業者が手探りの資源管理に取り組んでいる。ソフトだけでなくハードについても、もっともっとこの繊細な小魚に配慮して然るべきだろう。

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